第8章 沙良
「ネズ、ネズ起きな!」
翌朝、私は何故だか姫様の寝台で目を覚ました。柔らかくてすべすべしたネコさんの乳房に包まれていた。キモチ良くってずっとこうしてたかったのに、姫様に叩き起こされた。
「ネズにお客さんだよ。」
(私に?!)
眠い目をこすりながら離れを出ると、木の橋の上に「梅花」がいた。
梅花は沙良と同じ麗姫様の婢女で取り巻きの一人だ。
「あの……ネズ、お願い!」
口を開いた梅花は本当に困ったといった顔をしていた。
「どうしたの?」
「……沙良が、昨日のお祭りを見て具合が悪くなって。」
(ああ、途中で飛び出して行ったっけ。)
「今朝になっても起きなくて麗姫様にお医者様を呼んでもらったの。」
(!?)
「で、診てもらったけど何でもなくて。だけど掛布被って全然起きないの!
姫様がお菓子を持っていってもダメで、姫様は『そのうち良くなるから、そっとしておきましょう』て言ったけど私心配で。」
(梅花、優しいんだな。)
「ネズから声掛けてあげてみて欲しいの。」
「ん、分かった。」
私は部屋からナンにもらった「コケモモ」の干したのを持って、梅花と沙良の元へ向かった。
「沙良?」
麗姫様の婢女部屋は何にもない私の部屋と違って華やかなものだった。
壁には色とりどりの衣装が掛けられ、それぞれに一個ずつ与えられた化粧台の上にはきらびやかな髪飾りなどが並び、さながら旅芸人の支度部屋の様だった。
その片隅の寝台に、朱い掛布を頭から被って芋虫の様に丸まっているのが沙良だった。
「沙良、私だよ。具合良くないの?」
「……………」
「何も食べないのは良くないよ。干したコケモモ持ってきたよ。珍しいでしょ。」
私は紙の袋を差し出した。
ぱしっ!
やおら掛布から白い手がにゅっと出て袋を打った。
袋は破けバラパラとコケモモが床に散った。
(なんだ元気じゃん。)
私はわずかに空いた敷布と掛布の間に手を入れ、思いっ切り引き剥がした。
だいぶ泣いたんだろう、腫れぼったい目をした沙良がうずくまっていた。
「……びっくりしたよね、昨日のお祭りは。」
私は優しく声を掛けた。
沙良はがばりと起き上がって叫んだ。
「あのくらいで驚くなんてあんた後宮に向いてないんじゃない?」