第5章 蛍の化身
脚の間がまだドクドクと脈打っていた。
(一体誰だったのだろう。本当に蛍の化身?
あの薫り、どこかで覚えがある。)
私はぼーっとした頭で考えているうちに、いつの間にかすぅっと眠りに落ちてしまった。
こんなにも深く気持ちの良い眠りは久し振りだった。
翌朝、迸る雨の音で目を覚ました。雨天でもナンは弓の稽古は欠かしていないはずたが、今朝は何故だか気恥ずかしくて窓から眺め見ることが出来なかった。
(………あ!)
ナンの顔が思い浮かんだら、フッと思い出した。
(あの薫りは――――)
初めて会った日、泣きじゃくった私に貸してくれた手巾の薫りだ。
(ではあの方も王族?!)
「あいたったたたた!ネコ、水を頂戴!」
姫様の大声で私は我に返った。
姫様の部屋に駆け付けると……
私の全身の血が逆流した―――――
恐らく酒宴で飲み過ぎたのだろう。具合が悪そうに横たわる姫様の寝台に昨夜の『蛍の化身』を名乗った人物が腰掛けていた。
彼は立ち尽くす私に気がつくと、
「これはこれは仙女殿、この雨で月の舟は流されお帰りそびれたか?」
三日月型の唇がキュッと上がってそれはそれは美しく微笑んだ。
私はカラダ中を朱色に染めて俯いた。
「おい、何だよ五兄『仙女』って。ネズと顔見知りだったのか?」
(ナンもいたんだ!)
ナンは長椅子の上で険しい顔をしていた。
(五兄?………ってことは……)
「昨夜酔い潰れた姉上を離宮まで背負ってきた帰りにこちらの仙女殿と相見えてさ。」
「ちょっと!五王!ネズに何かしたの?!」
姫様は痛む頭を冷やしていた手巾を跳ね除けて起き上がった。
「いいや、俺はちょっと仙女殿の独り遊びのお手伝いをしたまでさ、なあ仙女殿?」
五王と呼ばれたその方は私に片目をつぶって見せた。
「わ、私!厨房から氷をもらってきます!」
私は恥ずかしくって堪らなくなって離れを飛び出した。
「ちょっと待てよ!………あっ、つっ!」
ナンが後を追ってこようとしたが五王様に肩を捕まれ制された。
「まったく、二人の獅子王を骨抜きにしちまうとは大した婢女だよ。」
姫様は怠そうに寝台に寝転びながら呟く。
「ネズ……と呼んでいるのか。婢女にしておくのはもったいないな。」
五王様の瞳が獣の様に光った。
ナンはやおら立ち上がり弓を手に取った。