第3章 セイロウ島
でも結局やり始めたらキティのほうが先にギブアップして、もう一回したいと言っても『これ以上言うなら海軍に通報するよ』と聞いてくれず、仕方なくシェレンベルクはベッドで眠るキティの横で、チェロを奏でた。
『……あんたそんな特技があったのか』
『うちの家ではなにか一つ楽器を覚えるのが家訓だったんだ。俺は覚えが悪くて、よく怒られたよ』
『そんだけ弾けりゃ十分じゃないか。なんで船で隠してたんだい』
『そこそこ高価な楽器だから、人に見せるのはためらわれて。ずっとお前には聴かせたかった』
『……ふーん』
『何か好きな曲を弾くよ。何がいい?』
『海賊の歌以外』
『よしじゃあ、ビンクスの酒を――』
『海賊の歌の最たるもんだろそれ!!』
10年の離別なんてなかったみたいに、それともあったからこそなのか、お互いを求めて、満たされて、泣きそうなくらい幸福で。
シェレンベルクには帰る故郷がなかったが、彼女がいる場所が帰る場所のように思えて、どこに航海しに行ってもつながっているような気がして、次は何を土産に持って帰ろう、どんな話をしてやろうと、航海が何倍も楽しくなった。
『……遅い』
キティの出迎えはいつも決まっていて、不機嫌な顔と責める言葉。たまには笑顔が見たいなーなんて思いつつ、
『そんなに俺に会いたかったか、子猫ちゃん?』
『うるさい!!』
真っ赤になって怒るキティを見るのは相変わらず眼福で。
『……あんたに海賊は向かないよ、花屋でも始めたらどうだい』
『そんなに俺にそばに居てほしいって?』
『バ……!! バカ言うんじゃないよ、誰があんたの心配なんかするか!! さっさと海軍に捕まっちまえ!!』
花屋になるのが嫌な訳じゃなかった。キティのそばで、毎日彼女に花を贈る生活。海に出られなくなるのはさみしいから、時々花を仕入れに船を出して、何か珍しくてキレイな花を探して、そしてまたそれを贈りに彼女のところに帰ろう。
きっと幸福に違いない。
ーーそれを踏みとどまらせたのは劣等感だった。
『……俺も一度海賊として旗揚げしたからには、ひとかどの男になりてぇ。いま海賊を辞めたら、ろくに名も上げられずに諦めて逃げて田舎に引っ込むみたいなもんじゃねぇか。故郷のやつらは指さして笑うだろう。それだけは我慢がならねぇ』