第3章 セイロウ島
こっそりと食べ物を融通し、傷の手当をしてやるようになると、彼女はシェレンベルクにだけは心を開くようになった。醜さ故に女にモテたことのなかったシェレンベルクにはたったそれだけのことがひどく特別で、彼女と二人きりで過ごす時間が何より待ち遠しかった。
『バカだね、あんたは。顔で判断するような女なんざ、金で判断する女と同類だよ。そんなのにモテて嬉しいかい?』
『じゃ、じゃあ……中身を見てくれるような女を探せばいいのか?』
『女に誇れる中身があると思ってんのかい。家族とちょっとうまくいかないからって逃げ出して、海賊船に乗り込むようなヘタレが』
『う……』
キャットはどんなときも正論で、容赦がなかった。自分に対しても他人に対しても。
『なあ、名前を教えてくれよ。俺は家族のことまで話しただろ』
『自分で勝手に喋ったんだろ。親がつけてくれた名前を海賊に教えるなんてやなこった』
『……そんな言えないほど恥ずかしい名前なのか?』
『ぎく……』
その後もしつこく聞き続け、数ヶ月がかりでやっとシェレンベルクはキャットに本名を明かさせた。
『キティ? 本当に? 子猫のキティか?』
『うるさいね、似合わないのはわかってるよ……!!』
猫(キャット)がまさかの子猫(キティ)になって、彼女が真っ赤になって怒るものだから笑いだすのを必死にこらえたものの、呼吸不全になりそうだった。
『俺の子猫ちゃん♪』
『うるさいね、しばき倒すよ!?』
その後本当に殴られたけれど、全身真っ赤になるキティが見られたから眼福ものだった。
『俺がいつか自由にしてやる、故郷に帰してやる』
『……男ってのはこれだから。できもしない夢を語るのが好きだね、船長に挑む勇気もないくせに』
『う……今はまだ敵わなくても! いつか俺は海賊王にだってなってやる!』
『はいはい、大層な夢を吐くだけならタダだよ』
『……冷てぇなぁ、子猫ちゃん』
『だから子猫ちゃんって呼ぶな!!』
夢を見ない女と、幻想ばかり語る男。どちらが正しいかなんて考える間もなく、現実は等しく二人を追い詰めた。