第1章 奴隷の少女
痛くもなかったと大恩人は言ったけど、刺されてそんなわけがないと思ってた。
実際に自分が体験する、その時まで。
「ベポ! そいつの耳を塞いでろ!」
が襲ったハートの海賊団の船長の怒号に、肉球のついた大きな手がの耳を塞いだ。
「な、なんで……?」
かばうようにはふかふかの毛皮の中に閉じ込められた。耳を塞がれてもくぐもって聞こえてくるのは男たちの怒鳴り声と、大砲の音、それに尋常でない数の異常な悲鳴。
(何が起こってるの……!?)
柔らかくてお日さまの匂いがする毛皮に守られて、自分だけ安全な場所にいるのが耐え難かった。
聞けないのは知っていたからだ。
がラウザー海賊団に買われた時、他にも一緒に買われた奴隷が十数人いた。奴隷の大量購入はそれまでいた奴隷を失ったゆえの補充を意味していて、生き残った古株の人たちは、前の奴隷は海軍との戦闘になって殺されたのだと言っていた。
詳細を彼らは語りたがらなかった。ただ何もかもに絶望した目で「この船に希望はない」と告げるだけ。でも夜な夜なうなされる言葉に、海賊たちは奴隷を船から吊り下げて盾にし、海軍が攻撃ではなく救助に向かうよう、鎖をつけたまま海に放り込んだのだと知った。
「やめて……お願い、友達なの……」
ラウザー海賊団の誰も、こんな懇願聞いてくれないと知っている。でもに今できることなんて無意味とわかっていてもこんなことしかなくて、かすれた声をもらすたび、ぎゅっと抱きしめてくれる腕が優しくて、それがいたたまれなかった。
やがて静かになって、はハートの海賊団の船長に手を引かれた。
「終わったの……?」
「ああ。……お前の友達は駄目だった」
手を引かれては船へと連れて行かれる。静かに言われた言葉に足がすくんで、タラップの上では立ちすくんだ。
「行けない、怖い……」
「……今止まったら、一生後悔するぞ」
船からは、むせ返るような血の匂いがした。船員と奴隷を含めて100人近くの大きな海賊団だったのに、まるで人の気配がない。
しがみつくようには先導の手を握って、船に入った。
誘導されたのは甲板だった。