第1章 奴隷の少女
(そんなはずないのに……)
人を刺したのは初めてだったが、見えないからこそ加減もわからなくて、声のするほうに思い切り突き刺したのだ。生々しい感触はまだ手に残っていて、返り血で体も濡れている。
「ま、待って……」
立ち上がろうとして、うまくいかなかった。蹴られてぶつけた全身が痛い。足に力が入らず、壁に寄りかかって立つのが精一杯だった。
「船にはまだ奴隷の子がたくさんいる……ラウザーは敵襲の時、彼らを盾にして攻撃を防ぐの」
「どこまでも腐った野郎だな……っ」
吐き捨てるように言ったのは、船長ではなくハートの海賊団のクルーの一人。
「私も連れて行って……!」
声のした方向へは必死になって頼み込んだ。
「お前が何かの役に立つのか?」
「囮でも盾でも何でもやるわ。一人だけ自由になんかなれない。まだみんな捕まってるのに……っ」
自由になったら何がしたいか、奴隷仲間たちと日ごと夜ごと話した。あんなに自由に憧れていたのに、いざそれが手に入っても一人ではあまりに心細くて無意味に思えた。
(みんながいなきゃ意味がないよ……)
お願い、とは懇願する。
「友達なの……」
いくばくかの沈黙のすえ、ハートの海賊団の船長は「ベポ」と仲間の名を呼んだ。
「そいつの手を引いてやれ」
「アイアイ、キャプテン」
こっちだよ、と目の見えないを誘導するべく、手にもこもこしたものが触れる。
(手袋……?)
でもじゃあこの肉球みたいなものはなんだろう。手探りでは手袋の構造を解明しようとして、どこまでももこもこの腕に「????」と疑問符を浮かべまくった。
「あれクマだって気づいてねぇですね」
「シロクマだとは夢にも思ってねぇだろうな」
「混乱してる。かわいいなー」
視線が集中し、シャチは慌てて「いや惚れたとかじゃなくて!」と弁明と言う名の墓穴を掘った。