第10章 お別れ
「邪魔するぜ」
入り口を壊してやってきたのは、大柄な海賊の集団だった。彼らは満席と見るや近くの海賊を暴行し、席を空けさせる。
「人飼いロートレックだ……」
噂好きな客たちによって、ローはその男の名を知った。人攫いを専門にする残忍な海賊だった。彼はジャラジャラと鎖を引いており、その先には若い娘たちが繋がれていた。
「この店で一番高い酒を持ってこい。こいつらにはエサだ」
彼女たちは一様に無表情で、床に座らせられても文句一つ言わなかった。丼に盛られた犬の餌のような食事を置かれても、ほとんどが反応せずにぼんやりとそれを見るだけだった。
「おいおい、尼さんもいるぜ……」
薄汚れて見る影もないが、確かに奴隷の一人はシスター服を着ていた。まだ見習いと思しき、若い娘だった。
『ね? ロー君、この世に絶望などないのです。慈悲深い救いの手は、必ずさしのべられます』
人の善意なんてものを信じた結果、無残に殺されたシスターを見た日、神も信仰も捨てた。だがそれとは無関係に、全身の毛が逆立つのを感じた。
「トラファルガー・ローか」
ローの視線に気づいて、ロートレックは口端を歪めてみせた。
「北の海の出身だそうだな」
「……それがどうした」
ローが肯定を返すと、ロートレックは上半身に刻まれたジョリー・ロジャーを示した。そのドクロには見覚えがあった。
「ラウザーをやったのはてめぇだな? 可愛い弟分で、独立の暁には奴隷をずいぶんとくれてやった。女にも見下される体で生きていけねぇと、あいつは首をくくっちまったよ」
気づけばローは鬼哭を抜いていた。巻き添えも考えずにROOMを広げ、辺りを切り払う。
高らかに笑ってロートレックは空に飛んだ。
「生意気なクソルーキーが! グランドラインの厳しさを教えてやる!!」
ロートレックはムシムシの実、モデル「カマドウマ」の能力者。懸賞金は1億2千万ベリー。彼は何人もの海兵を屠ったその足で、死の外科医に襲いかかった。
――数分後。その場に切り分けられていない海賊はただの一人もいなかった。
(大動脈……)
ロートレックは太ももを刀で貫かれ、わめいている。ローの目が完全に常軌を逸していたからだ。それはとても、正気の目ではなかった。