第10章 お別れ
(大動脈を切ったら失血死だな……でも今すぐ縫って塞げば死なないから、これはアウトじゃない)
だから刀を引き抜いて、次は肺に刺した。肋骨は硬くて能力なしでは中々刺さらないから、切っ先を横に入れて隙間に通すのがコツだ。肺に血が溜まってこれも放っておけば死ぬが、今すぐオペすれば助かる可能性は高いのでこれもアウトじゃない。
(何やってんだろうな……)
ただの八つ当たりだとは理解していた。八つ裂きにしてやりたい男は他にいるのだ。
そいつはを見捨て、約束を破り、今ものうのうと息をしている。
「2つあるんだから、目は片方あればいいだろ」
刃が通って脳まで達するとさすがに死んでしまうので、眼球はそれのみをえぐり出すよう気をつけた。
医者としてのポリシーとか、こだわりとか、もう全部バカみたいだった。もっと最低なことをしたのに、そんなもの守って何になるんだろう。
「……い、いけません」
震える声でローを止めたのは、奴隷のシスターだった。怯え、今にも倒れそうなのに、十字架を握りしめて「無益な殺生を神はお許しになりません」と言い聞かせる。
「……こいつが憎くないのか?」
「どんな憎しみも、人の命を奪っていい理由にはなりません」
思わず笑ってしまった。昔、自分が言った言葉を思い出したのだ。
『殺してぇって言うなら止めねぇがな。その価値もねぇ男だ』
仲間の敵を討たなければと思いつめるに、そう言ったのはロー自身だった。
白くて華奢な手を汚い血で汚させたくなかったし、夜毎が自分の行いに苛まれることがないように、あのときはそれが最良だと信じた。
「……やりすぎたな。治療してやる」
「ひっ」
大量出血するロートレックを、ローは治療のために船へ引きずって帰ることにした。
「やめてくれ! 船長を治してまた拷問する気か!?」
「そこまですることねぇだろ! 許してくれ……っ」
ロートレックの部下が泣いて懇願するが、他意はなかったし放って置くと死ぬので何を言われようとローはその場に放り出す気はなかった。当のロートレックは白目をむいて気絶しており、「なんて残忍なんだ」「まさしく死の外科医だ……」などと目撃者に言われたが、まあ仕方なかった。