第9章 ヘイアン国
誰にも悪意がなかったのはわかっている。マリオンだってこんなつもりじゃなかったと泣き崩れていた。
みんな少しでもマシな結末になるよう、ただ自分に出来ることをしただけなのだ。――そしてそれは、も同じなのだろう。
「……俺に頭なんざ下げなくていい。を守れなかったのは結局、俺の責任だ」
「そんなことない。彼女だってきっとわかってたわ」
自嘲するようにローは首を振った。
諦めていたのだ。あの夜、が海に引きずり込まれた日に。ローが捜索の打ち切りを決めた。
拐われたら必ず助けに行くと約束していたのに。それを信じて、はずっと助けを待っていたのに。
(俺に、のことを我が物顔で怒る権利なんかない……)
謝る機会さえ永遠に失われてしまった。自分への怒りと失望が大きすぎて、を失っても泣くことすらできなかった。その権利さえ、自分にはもうないのだ。
91.執着の先
王宮へと戻る道すがら、ひとけのない場所でローは枯れ木のような老人に襲われた。
「……ブラッドリーか?」
老人は全身にケガをしていてひどいありさまだった。ろくな治療もされておらず、片目も片腕も爆発の時に破片でやられてダメになってしまったようだ。
「若さを……永遠の命をよこせ!!」
ブラッドリーの手足となる人形は、これまでの間にすべて破壊されていた。工房のものは歌姫を含めて人形師たちが分解し、兵士に扮していたものは本物の国の兵士とレジスタンスが壊して、残骸は火で焼いたという。
もはやブラッドリーは操る人形もなく、粗末な刃物ひとつでローに襲いかかった。
『を殴った人形遣いは、いずれバラバラに解体してやる』
を殴った人形遣いに本当に腹を立てていた。だが枯れ木のような老人をバラバラにしたところで、少しも気分は晴れなかった。
わめくブラッドリーの首をさらに細かく割って、ローはため息をつきながら鬼哭を鞘にしまう。
「もしもし。よかったらその海賊、譲ってもらえませんか。扶養家族が増えるので、出世して給料上げたいんですよ」
「……ちょっと、その扶養家族って誰のことよ」
闇に映える白い海軍の制服に、ローは目を細めた。
「……この国に何の用だ」
「それはこっちのセリフですよ!」