第9章 ヘイアン国
こんなつもりじゃなかった、とマリオンは泣き崩れた。
抱きしめて、ローはごく小規模に能力範囲を広げる。の体に異常はなかった。ただ脳の活動が著しく下がっている――。
だんだんとローはあの瞬間のことを思い出した。確かに全員、島ごと海神に喰われたのだ。
視界は真っ暗で、叫ぼうと手を振ろうと何の感触もない虚無だった。
確かに抱いていたの感覚さえなく、ただ意識だけが存在していた。
これが死なのかと思うと同時に湧き上がったのは、すさまじい無念だった。
まだ何一つやりとげていない。ドフラミンゴに一矢報いるどころか、コラさんの無念を何一つ晴らしていない。
死にたくないと思った。こんなところで死ぬわけにはいかないと。
そして気づけば、あの部屋で寝ていた。
(が守ってくれたのか……)
喰われる刹那、確かには覚悟したローに「大丈夫だよ」と言った。
それを疑う理由は何もなかった。は大事なものを守るためなら平気で自分を犠牲にしてしまうから。
◇◆◇
キョウの街は連日、お祭り騒ぎだった。
悪しき神官イナリが討たれ、海神は眠り、王が誕生した。それを祝って人々は篝火を焚き、楽を奏で、酒や食べ物を振る舞った。
(何が海神、何が王だ……)
犠牲になったものを見ようともしない祭りのにぎわいが腹立たしい。王宮にいるとクルーたちが気を使ってくるので一人で出てきたはずが、気分は晴れやしなかった。
大通りの真ん中に置かれた、海神を象った山車すら憎い。
いっそ本当に斬り倒してやろうかと鬼哭を握り、ローは母親に手を引かれた小さな娘が山車の前に花を手向けるのを見た。
「ここでおいのりするの?」
「そうよ。王様の幸せをお祈りしましょうね。……王様はこの国の人じゃなかったの。なのに私たちみんなをお救いくださったから、ありがとうって言うのよ」
「ありがとー」
小さなもみじのような手を合わせて、幼い娘は王宮に向かって祈った。母親はキャンドルグラスに火を付けて、鼻をすすりあげる。
祈りの順番を待つ人達が、列をなしていた。山車の前には、そうして手向けられたたくさんの花や蝋燭が集まっていた。
「お姉ちゃんもお祭りこれたらよかったのにねー」