第9章 ヘイアン国
向かってくる反逆者たちを、ブリキの歌姫は両腕のアームを広げて出迎えた。幕が開いた主演のように。
「Ah―――!!」
シーレーンを思わせる甲高い音がその喉から発せられた。とっさにローもリトイも耳をふさぐ。かろうじて武器を落とさないようにするのが精一杯だった。
(歌姫とは言ったもんだな――っ)
ブリキのスカートの下から、鋭い丸鋸の刃が飛び出した。それを回転させながら、歌姫は滑るようにローたち反逆者の元へとやってくる。
「ROOM――!」
ローは能力領域を広げる。ブラッドリーの人形がどんなに凶悪だろうと、解体してしまえば終わりだ。
「そっちじゃない!」
歌姫が叫ぶ中、負けじと声を張り上げてリトイがローを引っ張った。
背後から走ってきた、爆弾を抱えた小型の人形が至近距離で爆発する。リトイのおかげで直撃は避けられたものの、爆風をもろに受けて二人は物のように地面を転がった。
「アアアアアアアアア!!」
歌姫の歌の元、最低限人の形をした人形が明滅する爆弾を抱えて次々と走り寄ってくる。
「斬っても爆発するわ! 近寄らせないで!」
ふらつく体で立ち上がったリトイがすばやく弓を引いて、自爆人形を射抜いていく。ROOMを広げて、ローは走り寄ってくる自爆人形を歌姫に叩きつけた。
爆発し、ようやく耳障りな歌が途切れる。だが歌姫は傷一つ負ってはいなかった。
81.リトイの覚悟
「神託の儀式まであと7日ね。ねぇ、どんな気分?」
真っ赤な唇に弧を描いて、イナリはそばに侍る黒いキツネ面の男に尋ねた。
歳は30前。豊満な体つきと豊かな金髪が特徴的な毒々しい美女だ。朱塗りの欄干によりかかって彼女は自分の国を見下ろす。
ヘイアン国の王宮、その最上階からは儀式が行われるアワジ島がよく見えた。
7日後、アワジの祭壇で100年に一度の儀式が行われる。生贄は残らず心を食われ、予言を吐くだけの廃人と化すだろう。
それを想像するとイナリは愉快で仕方がなかった。儀式が終われば自分は正真正銘の王だ。
世界政府も天竜人ですら、保身のために予言を欲してイナリに頭を下げるようになるだろう。
「いつまでそんなものをかぶり続けるつもり?」
質問に答えない黒いキツネ面の衛士を、イナリは畳の上に引き倒す。彼女は心地よく酔っていた。