第9章 ヘイアン国
「……っ」
唐突に悪寒が走って思わずローは背後を見た。後ろに控えていたリトイが「なに?」と怪訝そうにする。
二人がいるのは強襲に最適な、大通りに面した細い路地だ。
「顔色悪いわ。今更怖気づいたなんて言わないでしょうね?」
通りの先ではひときわ大きな金属の人形が狐面をかぶった頭をキュルキュルと回して街の警邏に当たっている。全長は二階の屋根を優に超し、その姿はスカートを履いたブリキの貴婦人を思わせた。おぞましいのは、まるでアクセサリーのように殺した反逆者の死体を体に飾り立てている点だ。
「〝歌姫〟よ。あれに何人の仲間が殺されたか。……怖いなら、無理せず下がっててもいいわよ」
「あんなのはどうでもいい……」
まぎれもない本心なのに、心臓がバクバクして寒気が止まらなかった。
(何だ? 何か間違えたのか? 何だこの嫌な予感……)
最良の選択とはいかなくても、少しでもマシな結末になるように作戦を立てたはずだ。
シャチはシュンのところに弟子入りして目立つように実演販売に精を出しているし、ウニはローたちを援護すべく爆薬をしかけて打ち合わせのポイントで獲物が来るのを待っている。
すべてが完璧とはいかなくても、もうクルーを失わなくて済むよう細心の注意を払っているはずだ。暴走が心配なのはマリオンだが、だからこそペンギンとベポとゴンザの3人がかりで見張らせている。
なのにどうして、大事なものが消えてしまう恐怖が消えていかないんだろう。
「真っ青よ。まさか熱でもあるの?」
熱を測ろうとしたリトイの手を思わず払いのけると、彼女はあからさまにムッとした。
「俺に触るな」
「あのねぇ。亡くなった彼女をどれほど好きだったか知らないけど、はっきり言って自意識過剰よ」
「なんとでも言え」
の笑った顔が思い出せない。浮かぶのはケンカして怒った顔ばかりだ。を怒らせるような何かをしただろうか?
(マリオンを監禁してる件か? でも他にどうすりゃいい――)
考え事に沈む間もなく、『歌姫』が目の前までやってくる。人形なのにキツネ面からのぞく口元は、不気味に笑っているように見えた。
「――行くぞ」
駆け出したローに遅れず、細い太刀と弓を持ったリトイが後ろをついてくる。足運びに恐怖はなく、武器も扱い慣れているのがうかがえた。