第9章 ヘイアン国
どこかで会ったような気がしていたのも当然で、彼女はセブタン島で父親に殴られていたあの不憫な娘だった。
助言の甲斐もなく逃げ出すのを躊躇したためヒューマンショップに売られ、一度は貴族に買われたらしい。しかしヒューマンショップの爆破によって難を逃れ、哀れな女たちを助ける活動をしているというイナリという貴族の女に助けられた。彼女たちはそう信じている。
「どうしたの? 羊羹嫌いだった?」
黙り込んだをいぶかってリリが声を掛ける。
「ううん、おいしいよ」
とりあえずこれはウソではない。しかしはこれから先どう行動するか決めあぐねていた。もともとあんまり難しいことを考えるのは得意ではないのだ。そういうのは船長の仕事だと思ってる。
「ひょっとして、船のことを考えてた?」
「うん……」
みんなのことを考えると会いたくて寂しくて泣きたくなる。リリにはここに流れ着いた理由を船から落ちて漂流し、たまたま流れ着いたのだと説明していた。偶然にしては出来すぎだが、このアワジ島は泳いで来れる島ではないとのことで納得してくれた。
リリによると、アワジ島は切り立った崖で囲まれた天然の要塞らしい。渡る手段は唯一、本島からつながる吊り橋だけ。大事な橋なので警備が厳重なのだとリリは言ったが、どう考えても生贄を逃がさないための見張りだ。
干潮時だけ海岸線が露出するので歩いて散歩できるらしいが(が島にたどり着いたのもこのときだ)、付近の潮流が激しい渦となっているため、シーレーンでもない限り泳いで逃げるのは無理だ。
その上いまは海神の機嫌が悪く、それに影響されてシーレーンやハルピュイアも付近の船に対して攻撃的になっているとのことだった。よしんば筏を作っても脱出は不可能そうだった。
「そういえば、セブタン島のヒューマンショップで船長さんを見たわ」
リリの声は弾んでいた。は本能的に嫌な予感を覚えた。
「目が合ったの。ヒューマンショップが爆発したのはそのすぐ後だったわ。あれって私を助けてくれんたじゃないかしら」
(……はい?)
とんでもない思考の飛躍にはついていけなかった。リリの声はキラキラしててうっとりしててまさに恋する女の子という感じだった。