第9章 ヘイアン国
ローの視線に、マリオンは辛そうに膝の上で拳を握った。
「……見つからなかったんだ。もともとコマ家の嫡男は兄貴で、俺も知らないことがたくさんある。島より大きな海王類に王と認めさせる人間がこの世にいるなんて思えない。どうやって見つければいいかもわからなかった……」
それは何のためのウソだったんだろう。
『姉から君の話は聞いてたよ。初めて会ったって気がしない。君と一緒にいたくて船に乗り込んだんだ』
『ちゃん、俺と結婚しよう』
『ちゃんは電伝虫とかぬいぐるみとも会話するし! でっかいイルカとも会話できるはず!』
張り詰めた顔でうつむいているマリオンを見て、やっとローは得心がいった。
(こいつも希望を失ったんだな……)
キャプテン?とローの異変に気づいてベポが心配そうな声を上げる。
失った実感がわかなかった。だからまだ悲しみに蓋をしていられた。希望そのものだったあの笑顔が戻ることはもう二度とないんだと、二重に仲間を絶望させまいとウソをつくクルーを見て急に悟ってしまった。
(……)
彼女が返事をしてくれることは二度とない。唐突にそれを実感し、打ちのめされてローは立ち尽くした。
『ダメだよキャプテン、しっかりして! 仲間を守って!』
の代わりにちょこんと座っているミニベポが、怒った顔でローを見ている。
もう失いたくなかった。たとえ命に線を引く事になっても。
「……儀式が終わるまで、お前は船を出るな」
まさかの船長命令に、え、とマリオンが顔を上げる。その意図を誰よりも速く、正確に理解したのはハンゾーだった。
「あなたが100人の奴隷と生贄になっても、イナリを喜ばせるだけです。あなたの力はブラッドリーとイナリを倒した後にこそ必要になる。……国を導く神官として」
「彼女たちを見殺しにしろって言うのか!? ヘイアン国とは関係ない、殺されるためにイナリに連れてこられた女の子たちだよ!」
「どのみち王候補がいなきゃ誰かが犠牲になるしかないんだろう。奴隷のことは諦めろ。……セブタン島のヒューマンショップで爆破されてたはずの命だ」
がこの場にいたらこんなひどいことは言えなかった。かつて奴隷だった彼女の前で、奴隷の命は仕方ないから諦めろだなんて。
でももう他に方法がない。