第9章 ヘイアン国
「……海神が王と認めなければ、その場で候補も神官も海神に食い殺される。その場合は速やかに、弐の儀式が必要だ。100人の生贄を捧げて海神の怒りを鎮めなきゃいけない。不足の王を選んだ、コマ家の神官も一緒に」
みんなが息を呑む中、ローだけがその意味に気づいて立ち上がった。
マリオンは王候補としてを選び、そのことをずっと黙っていた。当たり前だ。失敗すれば死ぬような儀式をにさせられるわけがない。
マリオンはうつむいたまま、ローの顔を見なかった。国の命運を一人で背負って抱え込んでいた仲間を責めるのは酷だ。でもそんなものにを巻き込む気だったのか!という思いが拭えない。
ノートに内容をまとめて、ハンゾーがため息をついた。
「これで合点がいきました。イナリ家のダッキは初めから儀式を成功させる気はなかったのですね。それどころか自分の命をかけて儀式をするつもりもなかった。神託の儀式はわざと失敗させて、仕入れた奴隷を生贄にすることで乗り切ろうとしているのでしょう。ダッキと面会したネルセン団長によれば、彼女は儀式後、自分こそが王になるのだと語ったそうですよ」
ノートを閉じて、ハンゾーは同情するようにマリオンを見た。
「逃げたコマ家の子息を追っていたのは、わざと儀式を失敗させたと吹聴されたくなかったから。我々の船団を遭難させようとしたのも同じ理由でしょう。儀式の細かいところはわからなくても、神官のはずのイナリ家が儀式に参加しなければ奇異に思う」
マリオンは答えない。訂正することが何もないからだ。
「本来なら、神官が逃げ出さないように見張るのは民衆の役目なのでは? 奴隷がいない場合、生贄の儀式で捧げられるのはこの国の人のはずです。家族を犠牲にしないためには、どうしても神託の儀式を成功させてもらわなければならない。……儀式のために内乱が起こるわけですね。イナリはそれをブラッドリーの力を借りて抑え込んでいるようですが」
おずおずと手を上げたのはウニだった。
「このままじゃセブタン島でさらわれた人たちが生贄になることも、マリオンがそれに巻き込まれることも何となくわかったよ。でもじゃあ、どうすればいいの? 儀式を成功させようにも、肝心の王候補は? どこかにいるの……?」