第9章 ヘイアン国
彼は誰のことも責めなかった。クルーが命を落としたのは船長の責任だと言って、誰よりも辛い思いをしているはずなのに何も言わずに一人で行ってしまった。
「いつものことだってベポたちは言ったけど……やっぱり探しに行ったほうがいいんじゃないかな」
「……探しに行って、あの人が弱音もらすと思うか?」
「うーん……」
そんな船長は想像がつかず、ウニはうなった。
マリオンは珍しく真面目な顔で、仲間を押し留める。
「俺もベポたちに同感。キャプテンは俺らと一緒にいたら船長でいようとする。弱音を吐くどころか、かえって気を遣うと思う」
「でもきっと、なら探しに行ったよ」
「その前に、キャプテンはちゃんなら連れて行くよ」
しばらく黙った後、ウニは「そうかも」と小さく頷いた。
彼が誰より弱みや隙を見せたくないのがで、同時にそれを見せたのも彼女だけだという気がした。
「いつまでも悲嘆にくれていては亡くなった人も安心して空に昇れませんよ。お茶でも飲みましょう」
大通りの茶屋にすでに片足を入れて、ハンゾーが二人を呼んだ。
◇◆◇
カンカーン、カンカーンと断続的に鳴らされる鐘の音にローは地元の住人を振り返った。
「火事か?」
「海神が暴れているから、津波に注意しろって合図よ。この音だと膝くらいまで浸水するかしら。シュン兄さん! 土のう出さなきゃ!」
リトイは店主に呼びかけて、手際よく店の前に土のうを積んでいく。通りでは慣れたように住人たちが土のうを積んでいた。
やがて川を逆流して津波がさかのぼり、堤防をこえて水がやってきた。
さっさと店の二階に避難しようとするローを、リトイがねめつける。
「ちょっとくらい手伝ってちょうだい」
「客だろ」
「私の指をこんなにしといて?」
リトイに絆創膏がやたらと巻かれた両手を見せられ、嘆息してローは能力で店の前に土のうを積み上げた。
びっくりしてリトイとシュンは目を見開く。
「驚いた。能力者か」
「手も使わないなんてものぐさね」
「おかげで指に針を刺すこともない」
ぶっとシュンは吹き出し、リトイは静かに眉を吊り上げた。
「あなたの着物なんか縫うんじゃなかったわ」