第9章 ヘイアン国
リリが持ってきてくれた食べ物をかじると、ふかふかの皮の中にあんこが入っていた。
「おいしい」
どんな時でも甘いものは元気づけてくれる。おいしいものを食べると気分も少し明るくなった。
(今は不安になっても仕方ないから、耳が治るのを待とう)
そうしたらリリとも会話ができるようになるし、もっと色々わかるようになるはずだ。
78.シミュレーション
「畜生、あの女……っ」
王宮前の広場には、反逆者としていくつもの首が晒されていた。立て札によれば内乱を起こした者、またそれに協力した国の兵士と書かれている。
「マリオン、目立つのはまずいよ。一度船に戻ろう」
帽子で変装しているとはいえ、マリオンは国を挙げて探されているお尋ね者なのだ。人形師が捕らえれている可能性が最も高い王宮の近くまで来たものの、警備は厳重で近づけそうにない。
「そんなこと言わずにもう少しだけ。これが千年の歴史を誇るというヘイアン国の王城ですか。なんとも荘厳で見事なものですね」
メモを片手に一心不乱にスケッチをするハンゾーも目立っていた。門番が怪訝そうにこっちを見ている。
「いいから行くよっ」
一番冷静なウニが二人を引っ張って船への帰り道をたどる。
(まずい、兵士が追ってきてる……)
船団が到着した報は入っているだろうが、今の時期は特に外国人は珍しいようだった。引き止められたらマリオンのことをごまかすのは難しい。
「ご安心を。何か言われたら私が船団の学者として対応します。その隙にお二人は腹が痛いとでも言ってダッシュで船に戻ってください」
ハンゾーが冷静に提案する。知識欲が旺盛なあまりすぐ周りは見えなくなるが、さすが学者だけあって頭の回転は早いようだった。
やがて兵士は引き返した。気になることはあっても、持ち場を離れるのも心配だったようだ。それを確認して、3人はこっそりと安堵の息を吐く。
「イナリ家のダッキの悪評は聞き及んでいます。私も生皮を剥がされたくはない」
「えええ、なにそれ」
「国外にまで噂が広まってるのか……あいつは本当この国の恥だ」
マリオンが忌々しげに舌打ちする。