第9章 ヘイアン国
(ここ、どこなんだろう……)
周囲の壁をぺたぺたと触りながらは考える。謎の女性に助けられたあと、はどこか大きな建物に連れて行かれ、お風呂に入れられ着替えも貸してもらった。おじいちゃん医師らしき人に耳も診察された。
診断結果をは聞けなかったが、キャプテンが治ると言っていたのでそこはあんまり心配していない。
が生活しているのは誰かの家ではなく、大勢が共同生活する謎の建物だった。多くは若い女性のようで、初めはハーレムみたいな場所かと思ったが、とりあえず今のところベッドに呼ばれる気配はない。
(働かなくてもご飯が出てくるなんて変。絶対おかしい。内臓取られちゃうのかな)
いざとなったら逃げられるようにしておくべきなのだが、耳が聴こえないと情報収集もままならなかった。
(頭に何か響くのは何なんだろう……)
遠くからずっと誰かに呼びかけられているみたいで、モヤモヤする。簡単に破れそうにない石造りの壁を触るのにも飽きて、はため息をついて座り込んだ。
(キャプテンやベポたちに会いたい……)
周りが知らない人ばかりで心細かった。船の中なら一時的に耳が聞こえなくても怖くはないが、見知らぬ場所に一人で放り込まれたら話は別だ。会いたくて寂しくて不安だった。
い草を編んだ床に座り込んで膝を抱えていると、誰かに肩を叩かれた。
(だれ?)
手探りで顔を確かめようとするの手に、ほかほかの柔らかいものが乗せられる。甘くていい匂いがした。
「食べていいの?」
トントンと相手はの手を指で叩いた。
「リリ?」
また相手は肯定の返事をする。リリは浜に打ち上げられたを助けてくれた女性だった。今の所わかっているのは名前だけ。手のひらに指で名前を書いて彼女は名前を教えてくれたが、はあまり読み書きが得意じゃないので、筆談で複雑な話をするのは難しかった。
(どこかで会ったことがある気がするんだけど……)
細々と世話を焼いてくれるのもそのためだと思う。でも誰なのか、にはわからなかった。名前にも聞き覚えがない。