第9章 ヘイアン国
「怖がるから持たせたことがなかった」
「あら過保護」
「昔、罰として刺されたことがあったらしい」
驚いたようにリトイは手を止めて、ローを見つめた。それには気づかず、ローは失ってしまった彼女のことを考える。
「注射も点滴も逃げ回られていつも大変だった。裁縫は……どうだろうな。ぬいぐるみの服やら帽子やら喜んでたし、もしかしたらそういう使い方なら克服できたかもしれない」
見て見て! ウニとペンギンが作ってくれたの! キャプテンとおそろいなんだよ!
豹柄ふかふか帽子をかぶったぬいぐるみを興奮して見せに来たのは数日前のことだった。「ミニベポが船長するから、キャプテン休暇取れるよ」などと言うので、「じゃあこいつは置いて二人で遊びに行こう」と言うと楽しそうに笑っていた。
静まり返った真昼の店に、するりと糸が布をくぐる音だけが響く。
「……人は死ぬわ。誰にも運命は変えられない。人の力はあまりにちっぽけで、誰かを救えたかもなんて傲慢な考えなのよ」
15、6の娘が言うにはずいぶんと達観した台詞だった。好意的ではない笑いを浮かべたローに、リトイは針仕事の手を止めた。
「生まれたときからこの国は平和だった。100年も前の儀式のことなんておとぎ話のようなものだったの。だけどある日突然、島より巨大な神が目覚めて気まぐれ一つで島が崩壊する状況を目の当たりにして、今までの価値観は叩き壊されたわ。一丸となって儀式を成功させ、神を鎮めなきゃいけないのに、神官は欲のために海賊を呼び込んでコマ家を全滅させてしまった。末子の双子は国から脱出したという話もあるけど、どこにいるかはわからない。儀式の期限は次の新月まで。失敗すれば多数の犠牲者が出るわ。この島に観光に来たなら、早く出ていくことをお薦めするわよ」
リトイの眼差しは静かで、何も恐れてはいなかった。そこにあるのは揺るぎない覚悟だ。
「……何をやらかして男の格好なんかしてる?」
「仲間を集めて2、3度イナリを討とうとしただけ。ブラッドリーの人形に阻まれて追われることになったけど問題ないわ。次はうまくやる」
針仕事が向かないわけだ。リトイの目は革命家のそれだった。
店番用のイスを能力で取り寄せ、ローは奥の座敷に向き合う形で座った。