第9章 ヘイアン国
77.つるし雛
「これにする。追加でこのマークを入れてくれ」
「……やっと決まったか」
ローが服を選ぶ間に、店主は手のひらサイズの木彫りの動物を半分彫り終わっていた。
服と海賊旗のマークが書かれた紙を受け取り、シュンは「やれるか、リトイ?」とずいぶん心配そうに妹を振り返った。
「あと適当に6着、同じマークを入れてくれ」
クルーの分も注文した横で、リトイが刺繍針を指に突き刺して無言で飛び上がった。
「針子に出すから無理はやめておけ」
「やるわ。どうせしばらく身動き取れなくて暇なんだから」
針を刺した指を口に含みながら、リトイは兄に憮然と言う。彼女の針運びは大変男らしかった。おおきく振りかぶって布に刺しては、下の自分の指にまで貫通させている。
「じゃあそれだけな。残りは隣の家の娘に頼んでくる」
ローの服以外を持ってシュンは隣家へ出かけていった。
することがなくてローは店内を見回す。棚に並んでいるのは色とりどりの糸で刺された鮮やかなポーチやカバン、小物入れ、渋い色の茶器など。鈴や鳥の人形が糸に付けられた飾りは特に、が喜びそうだった。
「つるし雛が珍しい?」
リトイに話しかけられ、ローは頷いた。
「初めて見た。かわいいな」
「赤ちゃんのお守りよ。雛人形の代わり」
「……赤ん坊用なのか?」
「そうよ。何か変?」
べべべ、別にかわいいに世代はないもん。ほら揺らすと鈴が鳴るし、癒やしグッズだよ!
赤ん坊用だと聞いてもしっかり抱きかかえて離さないの姿が浮かんで、ローは小さく笑う。その様子をリトイは不思議そうに見つめた。
「欲しいなら包みましょうか?」
「いや、いい。……喜ぶ相手はもういない」
察しが良いのか、リトイは黙って針仕事に戻った。とたん「いたっ」と悲鳴をあげる。
「……服を血まみれにするのは勘弁してくれよ」
「洗えばいいでしょ」
「怨念は残りそうだ」
「失礼な。別に服に恨みはないったら!」
プリプリと怒ってリトイは仕事に戻った。怒るあまり手先が慎重になっているからいい傾向なのだろうか。
「……針の上手い人だったの?」
のことだと気づき、ローは「さあ」と答える。