第9章 ヘイアン国
「う……」
顔に打ち寄せる水の感触では目を覚ました。
(ここどこ……?)
全身濡れていて疲労困憊だった。体を起こすのさえひどく億劫で、動けない。
シーレーンに海に引きずり込まれたあと、窒息しては海上に連れ出されてを繰り返した。彼女たちに害意はなかったが、人間は海で呼吸できないことに気づかなかったようで、は必死に彼女たちと意思疎通を試みた。
結果、呼吸するためにバブリーサンゴの空気袋を頭に被せられ、とても長い時間、は海の中を連れられることになった。
身振り手振りのコミュニケーションで彼女たちには目的があり、をどこか目的地に連れて行こうとしていたのがわかったが、それがどこかまでは通じ合うことができなかった。
(地面がジャリジャリする。海岸……?)
手探りで陸地を確認しながら、は這い進んだ。呼吸の問題が解決しても、は魚のようにはなれなかった。長時間におよぶ海中移動で体はくたくたで、立つことができない。
(耳もまだ聞こえない。どこだろうここ。キャプテンたちは来てくれるかな……)
船からどれくらい離れてしまったかもわからない。悪い人間に捕まってしまったら、また奴隷に逆戻りだ。恐怖ですくみそうになりながら、は這い進んだ。
地面を伝わる振動で、誰かがこちらに歩いてくるのがわかった。二足歩行をしているからおそらく人間。でもいい人かどうかはわからない。
「た、助けて……っ」
それでも今は、助けを求めることしかにはできなかった。耳が聞こえないから自分がきちんと発音できているかどうかもわからない。振動と気配のするほうへは必死になって手を伸ばす。
伸ばした手を、その人は掴んだ。ほっそりとした指で女の人だとわかった。妙な既視感があった。
(知ってる人……?)
それにしては妙に相手が戸惑っている気配がする。空気の振動で何か言っているようだとわかったが、には何も聞き取ることができなかった。
どうやら相手は自分を助けてくれる気があるようだった。ほっとすると力が抜けて、意識が遠のいた。
(キャプテンやみんなに、また会える日が来るかな……)
何一つわからず不安に苛まれながら、は意識を手放した。