第9章 ヘイアン国
彼らが着ているのは直垂より動きやすい狩衣だった。港を警戒するブラッドリーの人形もキツネの面を身に着けていたから、奴らのシンボルか何かなのだろう。
兵士の目をよけてローを細い路地へと案内しながら、リトイは低い声で説明した。
「キツネはイナリ家のシンボルだよ。100年先の国の命運を決める神事の前に祭壇を血で穢した、欲にまみれた最悪の神官だ。海賊と手を組んで、王家に連なるコマ家の一族を殺して実権を握った。王を見つけるコマ家の神官がいなきゃ、神事の成功は絶望的だ。この国はもうおしまいだよ。間違っているとわかっているのに、イナリと海賊にひれ伏すしかない」
少年の唇には血がにじんでいた。思ったよりもこの国の人間たちは正確に状況を把握している。イナリもブラッドリーも取り繕う気がないようだった。
碁盤目状の細い路地をクネクネと曲がって、リトイはローをさびれた小間物屋へと案内した。
「ここだよ。――シュン兄さん!」
奥から出てきたのは背の高い体格のいい男だった。作務衣を身に着け、手には木工細工用の道具を持っているが、職人よりも軍人のほうが似合いの体つきだ。ジロジロとローを見て、店主はリトイに尋ねた。
「厄介事か?」
「お客をいちいち睨みつけるのやめてよ。商売にならない。悪いね、お兄さん。俺の兄のシュンだ」
「……ここが服屋か?」
店先にならんでいるのは、日用雑貨と木彫りの置物だった。木製の小さな動物はなら喜んだだろうが、ローには用がなかった。
だが可愛らしい動物と並んで、シーレーンとハルピュイアの像が並んでいるのを見つけ、目が離せなくなる。
「ああ、それか? うちの国のシンボルみたいなものだな。美しい歌声で船乗りをとりこにする、海神ケトスの使いだ」
国の自慢を語るような店主の言葉に我慢がならず、ローは像を刀の鞘で叩き割った。
「何するんだよ!」
掴みかかろうとしたリトイを、シュンが押し止める。その目は剣呑にすがめられてはいたが、冷静だった。
「シーレーンに恨みでも?」
「……ここに来る途中、クルーが一人海に引きずり込まれて戻らなかった」