第9章 ヘイアン国
76.リトイ
ヘイアン国の都は「キョウ」と言った。イルカの形をした島の、ちょうど目の部分にあたる場所にある。
碁盤の目のように道が並ぶ、美しい街だった。建物はみな朱塗りの柱が組まれ、壁は真っ白な漆喰。屋根は黒光りする瓦で、町のそこかしこに鮮やかに色づいた楓が植えられている。
大通りは荷車が横に十台は置けそうなほど広かった。終端の王宮から、イルカの口にあたる吊橋を越え、神事のための祭壇があるという切り立った小島につながっている。その一本道には朱塗りの柱の組木――鳥居がずらりと並んでいた。
「お兄さん、島の外から来た人だね?」
ローに声を掛けてきたのは15、6才の少年だった。ヘイアン国で一般的な直垂(袖の広い襟がV字の上着に、スネで絞る幅の広いズボン)を身につけており、利発そうな整った顔にどこか裏のある笑みを貼り付けている。
「……服屋を探してる」
道行く人間にジロジロ見られていることには気づいていた。目立つのは愚策だともわかっている。ただ対応するのが死ぬほど面倒くさかっただけだ。
がいたら、見えない目で一生懸命着たいものを選んで「似合う?」って聞いてきただろうから。自分の服は適当に選びながらをからかっていただろう自分と、今の気持ちが乖離しすぎていて、何の気力も湧いてこない。
「目立ちたくないんだね。いいよ、案内してあげる。俺はリトイ。お兄さんは?」
「……ロー」
『私は! あのね、リトイっ、この島のこといっぱい聞いてもいい?』
リトイの手を握って、ぴょんぴょん跳ねるの姿が浮かぶ。けれど実際には彼女はいないので、リトイはローの手をとった。
「触るな」
反射的に威圧して振り払ったローに、リトイは血の気を引かせた。
「ごめん。ぼーっとしているように見えたから。道の真中を歩かないほうがいいって伝えたかったんだ。この通りは王と神をつなぐ神聖な道だから、真ん中は歩いちゃいけないんだよ。神事の前でみんなピリピリしてる。キツネ面に目をつけられるのも面倒だろ?」
ローを道の隅に促しながら、リトイは目線だけで弓を刀を携帯して巡回する、キツネの面をかぶった兵士たちを示す。