第9章 ヘイアン国
もう彼女が世界のどこにもいないなんて信じられなかった。朝になったら誰よりも早く起き出して「ペンギンごはんー!」とキッチンに駆け込み、洗濯の前にベポの毛皮を脱がそうと追いかけ回し、低血圧の船長を起こしに行って、真っ赤に怒って戻って来る。船のいたるところに彼女との思い出があった。今にも彼女は船の奥から出てきそうな気さえするのに。
空気を変えようと、最年少のウニが努めて明るい声を上げた。
「僕も出かけたいんだ。マリオン、案内してくれる?」
「いいけど……どこに?」
「ブラッドリーにさらわれた島の仲間がどうなったか知りたいんだ。街を歩いてる人形には、仲間の手癖がある。きっとどこかで人形を作らされてるんだと思う」
「わかった。変装用の帽子持ってくるからちょっと待って」
「私も同行しても構いませんか?」
聞き慣れない声に、ハートの海賊団のクルーたちはぎょっとした。いつの間にやら丸メガネをかけたベレー帽の男が、しれっと甲板に加わっていた。
「あんた船団の――」
顔を合わせたことがあるペンギンが声を上げる。知識マニアの分析官とかいうやつだ。
「ハンゾーです。イナリ家当主との面会は得るものもなさそうなので残らせていただきました。コマ家のご子息が島を案内して下さると言うなら、ぜひご一緒させていただきたい」
どうする?とみんなはマリオンを振り返った。
「まあ、いいけど……」
断る理由も特に思い浮かばず、マリオンは消極的に同意した。