第9章 ヘイアン国
ぐす、とベポが鼻をすすり上げるのにみんな気づかない振りをした。あの食いしん坊がずっと食欲がないと言って、いささか頬がすっきりしている。それを気遣う余裕もないほど、喪失の痛みが誰にとってもひどすぎた。
船団に紛れてハートの海賊団はヘイアン国に上陸した。当然のように動く人形が港を警備している。ヘイアン国の人々はそれを気味悪そうに見ながらも、表立っては誰も口にしない。
「船のことは任せてくれ。君らのおかげで漂流せずにすんだ。我々はこれからイナリ家の当主と面会するが、君たちは?」
船団の団長ネルセンは海賊にも朗らかに声をかけた。
「作戦はこれから考える」
ヘイアン国が今どうなっているのか、数ヶ月前に国を出たマリオンでも把握しきれていないところがある。全てはそれを確認してからだ。
「ホワイトガーデンでブラッドリーには全員顔を見られてる。街を歩くときは人形に顔を見られないよう気をつけろ」
クルーたちの返事を聞く前に、ローは一人で甲板から飛び降りた。
能力で自分の位置を入れ替え、人形に顔を見られる前に人混みにまぎれる。気持ちを整理するためどうしても、一人になる時間が欲しかった。
◇◆◇
「えええ、行っちゃった……」
止める間もなく見えなくなった背中に呆然とし、ウニは「どうする?」と仲間たちを振り返った。
「探しに行かなくて大丈夫かな」
「平気だろ、そのうち戻ってくるさ」
「キャプテン昔は、よく一人でいなくなることあったよ」
ペンギンとベポの返答に、ウニは少なからず驚いた。
「そうなの? 全然知らなかった」
「そういえば、グランドラインに入ってからはフラッといなくなることなくなったな……」
舫い綱をたぐりながら、ぽつりとシャチがこぼす。その理由に思い至って、みんな口をつぐんだ。
は目の離せない女の子だった。目が見えないのに5分とじっとしていられなくて、捕まえておくにはロープで結ぶか手を握っておくしかない。パーカーについたクマ耳をつつきながら楽しそうにいつも面倒を見ていた船長の姿が容易に浮かんで、誰からともなく、ぐすりと鼻をすすり上げる。