第9章 ヘイアン国
『悲しいけど、くよくよするのはもう終わり! みんな切り替えて!』
ふとの声が聞こえた気がして、ローはのろのろと顔を上げた。が留守番に置いていったぬいぐるみが目に入り、気のせいかどこか怒っているように見えた。
(ならきっとそう言うだろうな……)
あれで彼女はなかなかに打たれ強いのだ。わんわん泣いても、泣いたあとはきっちり気持ちを切り替える。そういう芯の強さに何度も救われたし、船の貴重なムードメーカーだった。
(休まねぇと……)
明日には島に到着する。こんな疲れ切った体では、ブラッドリーとろくに戦うこともできない。
約束したのだ。さっさと片付けて、どこかに一ヶ月、二人きりで泊まろうと。
(……そうか。あの約束も、もうなくなっちまったんだな)
何のために戦うのかもわからなくなりそうで、ローは早く眠りが訪れるように、倍の睡眠薬を飲んでベッドに横になった。
◇◆◇
ヘイアン国に着いたのは翌日の朝だった。
秋島の名にふさわしい、錦に輝く楓が島中を埋め尽くした赤い島。入り口を示すように海に並んでいるのは、朱色の柱を組んだ巨大な建造物だ。マリオンによると、鳥居というらしい。
「キャプテン、あれ……!」
海が盛り上がり、ベポが叫んだ。島よりも高い尾びれが波を起こして空に立ち、また海へと消える。
「……あれが海神ケトスだよ」
マリオンに説明されるまでもなく、島よりも大きな生き物に神の名を体感する。
『火山よりも大きいの? そんなのが暴れたら島がめちゃくちゃになっちゃうね』
甲板にはクルーが勢揃いしている。だがただ1人がいないだけであまりに静かだ。
『ベポもいっぱい食べたらあれくらい大きくなる?』
『ならないよ。ダイエット中だもん』
『でも大きくならないと神様は倒せないよ』
『神様は倒さないよね!?』