第9章 ヘイアン国
75.ヘイアン国
(置いていったのか……)
診察室に戻ると、お気に入りのシロクマのぬいぐるみが、ちょこんとローのイスに座っていた。
『ミニベポはお留守番ね。誰か具合が悪くなった人が来たら、キャプテンの代わりに診てあげて』
患者を出迎えるように、扉を向いて座ったぬいぐるみに、たやすくが掛けただろう言葉が浮かんだ。
イスを取り返すために、ローはぬいぐるみを持ち上げる。机の上に並んだ本の上に置き、代わりにイスに座ると、どっと疲れが出た。
一晩中、徹夜でを捜索し、もう夕方だった。疲労はピークで、クルーたちにも休むよう言った。自分もそのために部屋に戻ってきたのに、眠れる気がしない。
目を閉じればの最後が浮かぶ。白い腕が海に引きずり込んでそれっきり。あんなあっけなく失ったことがいまだに信じられない。
だがもうできることは何もないのだ。
(一緒について行ってやればよかった……)
ハルピュイアは突然襲ってきたのだとベポは言った。マリオンいわく、ハルピュイアはヘイアン国でシーレーンと同じ海神の娘と言われているらしい。だからシーレーンの復讐に来たのかもしれないと彼はつぶやいた。
ハルピュイアもシーレーンも人語を解するほど本来知能の高い生き物だ。攻撃的になっているのは海神に引きずられているらしい。見境なく船を襲うので、この時期ヘイアン国に船で向かうのは命にかかわる。
『もっと注意するよう言うべきだった。俺のせいだ……』
マリオンだけでなく、みんなが自分を責めている。ベポはあれからずっと泣きっぱなしだった。
いきなりハルピュイアの群れに襲われて、腕を捕まれ身動きが取れなかったのだという。なんとかだけでも船の中に逃がそうとしたが、「逃げて!」の声が鼓膜を損傷していたには聞こえず、ベポが襲われているのに気づいてはなんとか助けようとし、逆にハルピュイアに捕まってしまったのだと。
『誰のせいでもない。クルーが命を落としたのは、船長の責任だ』
言い聞かせたが、誰一人納得した様子はなかった。
もっと何かできたんじゃないかと、いまさら考えても仕方ない「もしも」を考えてばかりいる。