第9章 ヘイアン国
74.夜の海に沈む
船に戻るなり、マリオンは「トイレ!」と逃げ出した。船の上では逃げ場はないのに、どこまでも往生際が悪い。
どう吐かせてやろうかと考えながらブリッジに向かう途中、ローはを背負ったベポと遭遇した。
「どうした?」
「が風に当たりたいって言うから、甲板に連れて行こうと思って」
青い顔でベポの背中にいるは、どうやらまだ三半規管が回復せず、うまく歩けないようだ。耳の具合も良くないようで、ローの声にも反応しない。
「……キャプテン、治るよね?」
「ああ」
よかった、とベポは破顔した。大丈夫だよと伝える代わりに、ベポは背中のにもこもこのほっぺたを擦り寄せる。
「……キャプテン?」
ベポの背中にいたは、ふいに顔を上げてローの方に顔を向けた。驚きながらも肯定する代わりにが伸ばした手を握ると、「やっぱり。キャプテンの香水の匂いがするもん」と彼女は笑う。
ローの手に頬を擦り寄せて、は「お話、終わった?」と首を傾げた。
「まだ少しかかる」
トンツーでの手を指先で叩いてローは返答した。
(見えなくても聞こえなくても……は俺に気づくんだな)
無音の暗闇でもは気づいてくれる。それがどんなに嬉しいか気づきもせず、は嬉しそうにローの手を握る。
「外は冷えるから風邪引かないようにしとけ」
能力で毛布を取り寄せてにかぶせると、彼女は「見て見てベポ、私の毛皮!」とはしゃいだ。
「似合うよ~」
「しかも着脱式なの。ベポのより高性能。うふ」
「お、俺の毛皮は生まれたときから一緒で愛着あるもん」
「ベポの毛は生え変わるだろ」
生まれたときから一緒ではないことに気づいて、ベポはなぞのショックを受けた。