第9章 ヘイアン国
73.船団
漆黒の夜を切り裂くいかずちのように、魚雷は荒れ狂う波の中を奔った。
しかしその弾頭が獲物に当たることはなく、狙いからはずいぶん離れたところで水柱を立てる。
それでもシーレーンたちは衝撃と音に動揺し、散り散りになった。
「やった……」
危機を脱した安堵には程遠く、船は大波によって激しく傾いた。あわあわとクルーたちは手近なものにしがみつく。
「ベポ、嵐を抜けるまで指揮を取れ」
「アイアイ!」
揺れる船で転ばないように壁に手をついて体を支えながら、ローはを治療すべく抱き上げて医務室に移動した。
「よく回るコマの上に乗せられてるみたい……」
青い顔で気持ち悪そうにはうめき、体が回らないようにローにしがみついた。少しでも楽になるように背中をさすってやりながら、ローは足で診察室のドアを蹴り開けて、を診察台の上に下ろした。
「、俺の声が聞こえるか?」
は反応したものの、困惑顔で首をかしげる。指先で腕を叩いてトンツーで尋ねると、「声は聞こえるけど雑音に混じってよく聞き取れない」と返答があった。
明かりを近づけて耳を診察すると、両耳の鼓膜が破けてしまっていた。左耳の損傷は小さなものだが、右はかなりのダメージだった。ひょっとすると手術が必要になるかもしれない。
「鼓膜は再生する。右はかなりひどいが……様子を見よう」
どのみちこんな荒れ狂う海の上では手術はできない。よく聞き取れずに不安そうな顔をするにトンツーで伝え直すと、「ソナー失格だね」と彼女は肩を落とした。
「できることが何もなくなっちゃった……」
「何言ってんだ」
ひどく落ち込んでいるをなだめるように、ローは彼女の頬を包む。
「何があってもを船から下ろしたりしない」
聞き取れなかったらしい彼女に伝え直す代わりに、ローはの唇にキスを落とした。触れるだけのキスをして髪を撫でると、真意は伝わったらしい。ほっとしたようには息を吐いた。