第9章 ヘイアン国
「どうやって上陸する?」
「考えがある。この時期なら近くにいるはずなんだ。……ちゃん! 近くにたくさんの船の気配はない?」
呼びかけられ、はソナーの反響音を聴くヘッドホンを少しだけずらした。
「嵐で海面付近は混ぜっ返されてて、音がよく聴こえないの。代わりに変な生き物の気配はいっぱいあるんだけど……」
「なんだ、変な生き物って」
船長が尋ねると、は小首をかしげた。
「大きさはイルカくらい。でもこれ、イルカの鳴き声じゃないの。女の人の歌声みたいな――」
「シーレーンだ! ヘッドホンを外して!!」
マリオンの声に戸惑いながらもがヘッドホンを外そうとした瞬間、ローたちの鼓膜まで破くような甲高い鳴き声がヘッドホンから響き、音響兵器のように司令室の中にこだました。
「……!!」
ローたちでさえ一瞬意識が遠のくような強烈な声をもろに食らってしまったは、平衡感覚すら失ってその場に倒れ込んだ。
耳障りな鳴き声を伝え続けるヘッドホンをローは力任せに引っこ抜き、を抱き起こす。耳から出血していて、呼びかけても返事がなかった。耳をやられてろくに音を聴き取れないようだ。三半規管も麻痺しているようで、イスに座らせ直しても滑り落ちてしまうと感じるのか、手探りでしがみつく。
「ぐるぐるして気持ち悪い……っ」
自分の声も聴こえないことに不安になったのか、は真っ青な顔色で「私の声、聴こえてる……?」と慣れ親しんだ香水の匂いだけを頼りに、ローに手を伸ばした。
その手をしっかり握って、ローは「聞こえてる」とトンツーでの腕を叩いて伝えた。
診察する間もなく、何かが船全体を揺らす勢いで潜水艇にぶつかった。
「あれ……!」
ベポが強化ガラスの嵌められた窓を指差す。そこにいたのはシーレーン――人に似たイルカの一種だった。本来は知能が高く、穏やかな性格のはずなのだが、ひどく興奮していて潜水艇の中まで聞こえてくるような獰猛な鳴き声を上げては、耳まで裂けた口から牙をむいて、中の人間たちを威嚇してくる。