第9章 ヘイアン国
72.シーレーン
「よし、終わりだ」
の指の傷を縫い合わせていた糸を切って、ハートの海賊の船医であるローは治療の終了を告げた。
場所はマリオンの故郷、ヘイアン国に向かう船の中。ローの自室をかねる医務室にいるのは二人だけだ。
「これでもう、人も殴れる?」
拳をグーパーして、は小首を傾げた。不穏な単語だが、ローはもうすっかり慣れたもので驚かなかった。
ハサミを片付けながら「誰を殴るんだ?」と尋ねる。
「成功したらベポ。……あ、失敗したらかな?」
どうにも要領を得なくて、「ベポは殴られるような何をしでかしたんだ?」とローは話の概要をつかもうと試みた。
「何もしてないよ。ケンカの練習するの。成功したらベポに一撃入れられるけど、寸止めするつもりだから本当に殴っちゃったら失敗だね」
なるほど、とローは納得した。ヘイアン国には散々煮え湯を飲まされたブラッドリーがいる。内乱も繰り返し起きている状況だと言うし、に限らず、クルーたちの英気はやたらと高い。
高性能爆薬を作ろうとして船の爆破未遂を起こしたウニなど、やる気が空回っている部分も否めないが、水を差すのも野暮に思えてローは「やめろ」と言うのは控えていた。
「じゃあにはこれを貸してやる」
せっかく治った傷口がぱっくり開いたりしないように、ローはの両手にボクシンググローブを嵌めてやった。
確かベポかシャチかペンギンがどこかで手に入れて「キャプテン似合う!? アフロにしたほうがいいかな!」と見せに来たあと、置いていったのだ。ローの部屋の物入れには、そういう使い所に困るグッズがいっぱい溜まっていた。
「おおー、すごい。これで殴ったら強そう」
「まあ……そうだな。が素手で殴るよりはな」
手首のヒモを結んでやりながら、嬉しそうにするが隙だらけなので、ローはキスして「ベポを殴れるように頑張れ」とエールを送った。
「……それは反則」
船ではそういうことはないと油断していたは真っ赤になって、「イエローカードだよ!」とぺしぺしボクシンググローブでローを打った。