第8章 セブタン島
麻薬で凶暴化した男は、かつて娘にそうしたように、刃物を握ってアルゴールに襲いかかった。
舌打ちしてアルゴールは男の顔に火薬を投げつけ、火をつけた。
その隙を逃さず、倒れた上官を抱いていたツバメが号令を発した。
「カルマート、行け!!」
音もなく走る黒い影は、まるで走ることに特化した野生動物のように見えた。
アルゴールが海兵に気づき、慌てて対応しようとした時にはもう遅い。
「『静寂』を舐めるなよ、海賊」
自らもその名を冠する部隊の一員であるツバメの声は低く、重い。
為す術なく、アルゴールは海兵の刃に切り裂かれて倒れた。
(あの海兵、俺がバラバラにした連中の中にはいなかった。隠し玉だったってわけか。さては隠して俺の動きを見張らせてやがったな)
その証拠に、ツバメは苦虫を噛み潰したような顔をしている。モアなら「隠し玉ならまだあるわよ」とばかりにうそぶいただろうが、彼女ほどこの狂犬は腹芸がうまくない。
アルゴールがやられておろおろする市民たちを切り刻み、ローは彼らの体から麻薬を取り除いた。
「全部麻薬のせいだって言うなら、それが抜けた体で自分のしたことを考えるんだな」
娘を売り飛ばした父親は、顔に重度のヤケドこそ負っているものの、命に別状はなかった。ひっくり返っている彼の体からも麻薬を取り除き、ローは自分に向かってきた人間への落とし前をつけた。
麻薬の夢から覚めて引き戻された現実は、平穏とは遠い地獄だ。薬のために何を犠牲にしたのか、嫌でも向き合わされる。逃避したくても麻薬を売ってくれるアルゴールはもういないのだ。
「よくやった、ヒョウ」
アルゴールを仕留めた海兵は、背の高い、どこかぼーっとした印象の若い男だった。戦闘中とはずいぶん雰囲気が違い、彼はツバメが抱くロッティのもとへ座り込むと、ケガした彼女の頭をなでた。
「……痛いの痛いの飛んでいけ」
「そんなんで治るか」
ツバメは容赦なくヒョウの手を叩き落とした。一拍遅れてヒョウは「……痛い」とつぶやき、やっぱり変な間をあけて「先輩ひどい」とツバメを非難した。
明らかにツバメはイライラして「いいから早く医者を呼んでこい! 全速力で!」と説教し始めた。
「……診せろ。俺は医者だ」