第8章 セブタン島
「……ちょっと待ってて」
涙を拭いて立ち上がったロッティは、お化粧道具の入った箱を持って戻ってきた。
「ロッティ、もう化粧してるのか」
まだ12歳なのに。
「舞台メイク用だよ。劇団のプロの人に教えてもらったの。目つぶって」
「ん」
顔をハケではたかれてくすぐったい。ロッティはロシナンテの顔に何か塗ったり、描いたりして、「これでどう?」と鏡を手渡した。
「……ピエロ?」
「それなら表情がわかりにくいでしょ。サングラスすればもっと顔は隠れるし」
「上手いなぁ」
メイクの施された自分の顔を見てロシナンテは惚れ惚れしたが、「次からは自分でやるんだよ」と言われて驚愕した。
「で、できる気がしない」
「……あと喋るのも禁止! ロシーすぐ声に動揺が出るもん」
「それじゃ会話できないよ……」
「筆談すればいいでしょ」
ピエロのメイクして筆談でしか喋らない生き別れの弟――。
「それってすごく怪しくないか?」
「どうせ生き別れの弟が十数年ぶりに会いに来た時点で怪しいよ。ならバレないほうがいいでしょ」
「そうかな」
「あとはいつもどおりにドジっ子してれば、そのうちみんな深く考えなくなるよ」
「……俺が敵陣でもドジするのは確定なの?」
「え。どうやってドジしないつもりなの?」
素で聞かれて、「気をつけて」とロシナンテは答えようとしたもの、バッサリ切り捨てられる気がして黙った。
「変な奴だと思われた方が、スパイとしては動きやすいよ」
「誰知識?」
「おつるさん」
そういえばあの女性中将はロッティのことをえらく気に入っていて、会うたびにお茶を飲ませながら海軍においでと言っていた気がする。
「ロシー……何をしてもいいから、最後はちゃんと私のところに帰ってきてね」
「約束するよ。ロウが待っててくれるなら」
「……あんまり待たせるなら待たないからね。他の人と結婚しちゃう」
「ええ!!?」
一番動揺して、ロシナンテはロッティを問い詰めた。
「いいいい、いつの間に。そういう相手がいるのか?」
「舞台の練習始めてからラブレターもらったよ。3通」
「3通!? 見せなさい、俺が返事しとくから」
「いや」