第8章 セブタン島
66.幸せの約束
一番良く覚えているのは、彼が家を出ていく少し前の、悲しい横顔。
「……それだぁれ?」
ロシナンテが海軍に入って5年目。久々の休暇で家に戻って来た晩のことだった。
庭の見えるテラスに座って、彼は悲しい顔で一枚の手配書を見つめていた。
「ただの……北の海の悪党だよ」
折りたたんでロシナンテは手配書をロッティの目に触れないようにしたものの、うっかり落として紙切れはヒラヒラと舞い、ロッティの足元に落ちた。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ……」
手配書に書かれた名前を読み上げ、ロッティはロシナンテを見つめた。
「ドンキホーテ?」
「……兄なんだ。ガキの頃に生き別れて……もう生きちゃいないと思ってた」
市井に下りた天竜人は生きてるだけで追い回されるから。殺されるような目にあい、センゴクに保護されるまで、平穏な暮らしなんてもうないんだろうと思ってた。
気遣うようにロッティはロシナンテの隣に座り、慰める方法が浮かばなくて、彼の手を握った。
「お兄さんが生きてたのに嬉しくないの? 悪いことをしたから賞金首になったのかもしれないけど、何か事情があったのかもしれない」
「……違う」
顔を覆って、ロシナンテは深く息を吐き、首を振った。
「そんな奴じゃないんだ。何か事情があって、やむにやまれず悪事に手を染めたとか、そんな普通の奴じゃないんだよ。あいつは人を支配するためなら何でもする。脅し、殴り、弱みを握って、人の痛みなんて考えない。そういう兄なんだ。死んでてくれたほうが良かった。だってあいつは――」
「ロシー!」
遮り、ロッティは怖くなって言い聞かせた。
「お兄さんを、そんな風に言っちゃダメだよ」
「……ごめん」
ロッティが怯えてることに気づき、何をやってるんだろうとロシナンテは黙り込んだ。彼女にだけは心配をかけたくないのに。