第1章 奴隷の少女
混乱から立ち直れず状況を理解しようとするのに精一杯の彼らとは裏腹に、ウェイトレス姿の少女はナイフを取り出し、もはや笑顔もなく船長を襲った。
鋭い刃がローの腹に突き刺さる。
「ぐ……っ」
「キャプテン――!!」
真っ先に反応したのはベポだった。もはや少女を完全に敵と認識し、その獣の俊敏さの全力を持って、彼女を蹴り飛ばす。
「ベポやめろ――!!」
船長の制止命令は一瞬遅く、少女の細い体は小石のように吹っ飛び、港に連立する倉庫の外壁に叩きつけられた。
少女は崩れ落ち、うめきながらもなんとか体を起こすと、手探りで落としたナイフを探す。
ベポに遅れて攻撃を認識し、武器を取ったクルーたちがその様子に動きを止めた。
「見えてねぇのか……!?」
ローはベポの肩に掴まると少女が探すナイフを海に蹴り飛ばし、自身に深手を負わせた敵の前にしゃがみこんだ。
「あの距離で爆発したらお前の命もなかった。中身が爆弾だと知ってたのか?」
盲目の少女は答えず、口を引き結んでローを睨み返す。声を頼りに顔を向けただけの、視線の絡まない睥睨だった。
刺されるときに一瞬見えたものを確かめるため、ローは少女のマフラーを剥ぎ取った。そこにあったのは奴隷を管理するための爆弾入りの首輪。
彼女が敵ではないのを理解して、ハートの海賊団の面々はやりきれない思いで武器を下ろした。
差し向けた人間にとって、少女は部下でも仲間でもなかった。ただ爆弾を運ぶ道具として彼女は送り込まれたのだ。
「……誰の命令だ」
「……ラウザー」
「奴とは仲間が少し小競り合いになっただけだ!」
関係ないの、とまだ16かそこらの少女は絶望しかない声で答える。
「ラウザーは退屈に飽きて、グランドラインに行く前に奴隷を使い潰そうと思い立っただけ。あなたたちを標的にしたことなんかに意味なんかないわ。ただ自分が失敗した航海に、自分より若い人間が希望いっぱいに旅立つのが許せないのよ」
「そんなクズだとわかってて言われたとおりに死ぬ気か!?」
少女は笑った。バカバカしいとばかりに。