第8章 セブタン島
62.果たされなかった約束
「ロシー、肩車して」
鳥の巣箱を抱えて不機嫌に頼んできた7歳の少女に、15歳のロシナンテは困った顔をした。
ここは海軍の砦であり、家族が暮らす街マリンフォードの邸宅。
「ロッティ。センゴクさんと一緒に取り付ける約束をしたんだろう?」
「帰ってこないからいいの。あとロウって呼んで」
「ロッティのほうが可愛いのに」
「ロウのほうがかっこいいからロウがいいの」
肩車、と小さな少女はむずがってロシナンテに抱きつく。
仕事でめったに帰ってこれない養父の帰りを、小さな少女はずっと待っていた。次に帰ってきたら一緒に鳥の巣箱を作って取り付ける約束をしたからと。
だけど多忙な海軍将校は、結局巣箱を作っている途中で任務に呼び出され、ロシナンテが手伝って巣箱は完成したものの(4本の指に包帯を巻く結果になったのはご愛嬌だ)、それからまた何日も帰って来ない養父に、小さな少女はとうとうしびれを切らしてしまったようだ。
「早くしないと鳥さんが行っちゃう」
この小さなお嬢様にロシナンテはめっぽう弱く、今まで一度だって頼みを断れたことがなかった。
「いいよ。おいで」
ロシナンテが手を差し出すと、ロッティは嬉しそうに笑った。彼女が笑うと春の日差しが射したみたいだった。
将来は元帥とまで言われる将校の邸宅は広く、庭にも大きな樫の木がそびえていた。鳥用のエサ台を置いたところ、最近ツグミが来るようになった。
その小さな可愛い鳥にロッティはいま夢中なのだ。
「ロシー、ロシー。もうちょっと右」
「ほい」
ひょろりと背ばかり伸びたロシナンテの肩に乗って、ロッティは一生懸命、巣箱を固定しようとする。
「ケガしないようにな」
「大丈夫だよー。ロシーみたいにドジっ子じゃないもん」
「はうっ!」
自覚はあったが7歳の女の子にまでハッキリ言われて、ちょっと悲しい。
「そうだロシー、音を消して。鳥さんがびっくりしないように」
「ああ、いいよ――。〝サイレント〟」
音が消えたことに安心して、ロッティは「よいしょ、よいしょ」と葉っぱの中に頭を突っ込んだ。
ハラハラしながらロシナンテは作業の行方を見守った。