第2章 グランドライン
「おおー」
たった今の剣呑なやりとりなんてなかったかのように、ローとペンギンは声をそろえて感嘆する。
「なんでわかった?」
「匂いで」
「匂い!?」
なんでもないことのように言って、は小さなおにぎりを頬張る。
「目が見えなくなってから、他の五感はすごくいいの」
「目……」
問うようにペンギンが医者である船長を見た。首を振ってローはそれに答える。
診察室での目を見たが、眼球に損傷はなかった。傷ついているのは脳だ。殴られて頭をぶつけた際に脳内で出血して圧迫したらしく、小規模とはいえ、脳の一部がやられていた。出血自体は雑な治療がされており解消していたが、治療が遅かったようで機能の回復は見込めなかった。
――オペオペの実を持ってしても、の目は治せない。
それを伝えてもは落胆しなかった。はじめから期待はしていなかったというように「失ったものばかり数えても仕方ないわ」と諦めた様子で笑った。
(数える気も失せるほど、失い続けてきたんだろう……)
目と一緒に体も診察したが、体中、殴られた青あざや、古い切り傷、やけどやムチの跡でいっぱいだった。
特にひどかったのは背中だ。白い肌にくっきりと、奴隷の焼印が刻まれていた。
親に売られたのだとは語った。自分のことで話したのはそれだけ。あとは言いたくないと口をつぐみ、それ以上のことは聞けなかった。
こんな時代では決して珍しい境遇とは言えないが、それでも、実際に目の当たりにするとあまりの惨状にかける言葉すら出てこない。
(グランドラインには常識を超えた医療や、傷を癒やす能力者もいるって話だ。いつか――)
いつかの目を治してやれるだろうか?
何もかも失い続けて来た娘に、一つくらい取り戻させてやりたい。医者のプライドにかけて。
「ああもう、俺だけのけもので食べ始めるとかひどいじゃないですか!」
排水作業で裾をびしょ濡れにしたシャチが文句を言いつつ合流した。
「ああ? ただの小休憩だ。そもそもいつも揃って食事してる訳でもねぇだろ」
「そりゃそうですけど~」
妙にシャチは不満顔だ。理由はすぐに知れた。