第1章 奴隷の少女
「ペンギン行け、操舵は俺がやる」
「アイアイキャプテン!」
何かが起こっても、船長が指示を出すたび、船が落ち着くのがわかる。
(低い声……)
どんなに船が騒がしくても、船長の声は船全体によく通る。心地よくて、安心する声だった。
「――。もうベルト外していいぞ」
手を引かれて甲板に出ると、潮の匂いのする暖かい風が頬を撫でた。
「わかるか? ――グランドラインだ」
世界一偉大な海だと海賊たちが歌うのを、買われた先の海賊団で繰り返し聞いた。必ずやその海へ行き、一旗揚げるのだと、彼らは大酒を飲んでよく語っていたものだ。
彼らの誰一人たどり着けなかった海に、自分がいるのだと思えばすごく不思議だった。
「変なの……」
「――?」
「もう何も見えないのに……大海原が見えた気がしたの」
それは見渡す限りの広い海で、どこへでも、どんな場所へもつながっている気がして、まわりきるには自分の一生なんて足りなくて、自分のちっぽけさが不安で心もとないと同時に、ここから何が始まるだろうと、生まれて初めて未知のものにドキドキした。
「どこに行きたい?」
尋ねる船長の声は優しかった。
「希望を聞いてくれるの?」
「まあ、聞くだけはな」
ハイ、とクルーたちが勢いよく手を挙げる。
「俺、魚人島!」
「女ヶ島!」
「ゾウ!」
ほらな、と言わんばかりに船長は忠告した。
「野郎どもに気後れしてると全然楽しくねぇ旅路になるぞ」
「えー! 女ヶ島はともかく、魚人島は名スポットだって! も人魚に会いたいだろ!?」
「う、うん……」
「女ヶ島を悪く言うなよ! 女だけの楽園なんだぞ! もきっと楽しいって!」
「うん……?」
「ゾウだってゾウだって! 俺の故郷なんだから絶対も気に入るって!」
「うん!」
ゾウに行こう〜、俺の故郷にいつか帰るんだー! と一人と1匹ははしゃいできゃっきゃしている。ハートの海賊団・マスコット増量中の旗でも立てたい光景だった。
「キャプテンは?」
「ん?」
「行きたい島」
「俺か? 俺はーー」