第4章 白竜の彫師
「彫れるよ。あんたの背中を最初に見た時から、彫るなら鳥だろうなと思ってた。話を聞いて、あの鳥はキョクアジサシだとわかったよ。うっすら見えた鳥が、今はもう、羽の一枚一枚まではっきり見える。あたしはそれをなぞるだけさ」
前髪が目にかからないようにバンダナを巻いて、慣れた手付きで伝説の彫師は支度を始める。
青い顔で、はそれらの音に耳を傾けている。
「怖かったら、色男に手でも握っててもらいな」
「キャ、キャプテン……」
すがるように差し出された手を握って、ローは「頑張れ、」と言い聞かせた。そんなことしかできない自分がもどかしい。
「……っ」
針が入り、手を握るの力がぎゅっと強くなる。
「息を止めちゃダメだよ。ゆっくり呼吸しな」
「うー……っ」
「、大丈夫だから、ゆっくり息吐け。背中は気にするんじゃない」
「む、無理……っ」
ローの手を握りながら、は「何かお話して」と言い出した。
「話? そんないきなり言われても……」
「なんでもいいから!」
「じゃあ、皮膚毛細血管の走行分布について――」
「ほかのやつ!」
最近読んだ論文だったのだが、タイトルだけで一蹴されてしまった。面白かったのに。なんでもいいって言ったくせに。
「拡張型心筋症の新しい手術法」
「違うの!」
「高TG血症の患者に対するイコサペント酸の展望――」
「医学から離れて!」
「俺は医者だ!」
「もうウニの話でいいから!」
「ウニの話だけは嫌だ!」
よっぽどベポを呼んで絵本でも朗読させようかと思った。