第4章 白竜の彫師
何かを思い出した様子で、は「キョクアジサシを知ってる?」と身を乗り出した。
「渡り鳥だね。ハトくらいの大きさで、白い羽の。キレイな鳥だよ」
「世界で一番長い距離を飛ぶ鳥なんだって。一生で3回も月と地上を往復するくらいの距離を飛ぶんだよ。白夜を求めて北極と南極を行き来するの。光を求めて、どんなに遠くたってくじけないんだよ」
に似てるなとローは思った。の背中にそんな鳥が彫られたら、きっとさぞ映えるだろう。
「でも針……」
はまだ痛みを恐れて揺れている。だがもう一息だ。どうにかして説得しようとするローを制して、マリーアが話しかけた。
「背守りを知っているかい?」
「ううん」
「赤ん坊の健康や成長を願って、母親が産着に縫うものだ。……背中ってのはね、大事な場所なんだよ。ここに彫る刺青は一生背負う、あるいは背中を――命を預ける意味を持つ。……焼印はそれを逆手に取っているんだ。奴隷が一生その印を背負い続けるように」
「おい……っ」
残酷な事実にが泣き出すんじゃないかと、ローは声を荒げた。だがの反応は、ローの予想とは真逆だった。
考え込むように背中に手を回して、静かにマリーアに尋ねる。
「……刺青を入れたら、焼印は消える?」
「完全に消すことはできないよ。……だが上書きはできる。一見してわからないようにね」
「彫って」
強い決意では言った。今にも泣き出しそうな顔で。でもそれは決して、怯えや恐怖じゃなかった。
「そんなものに負けたくない……」
支配や暴力に屈したくないとは拳を握る。そんな象徴が自分の背中にあるなんて耐えられないと。
驚いてローは声も出せなかった。
(こんなに……強い女なのか)
普段はあんなにあどけないのに。驚きと、奇妙な納得と、決意をたたえた強い瞳の美しさに惹きつけられて、目が離せない。
図案を描くこともなく、マリーアは服を脱がせてを施術台に寝かせた。
「キョクアジサシ、彫れる?」