第4章 白竜の彫師
「やがてすっかり日も昇っちまって、龍はもう現れそうになかったんで仕方なく家に戻ったんだ。でも龍の話をしても、誰も信じちゃくれなかった。
そんなほら話より、朝飯のおかずはどうしたんだって父親には殴られてね。こんな連中とこれ以上一緒にいてたまるかって、その日のうちにあたしは家を飛び出した。商船にもぐりこんで島を出て、二度と帰るものかと誓ったもんさ。
だが今よりもっと女が一人で生きていくのが難しい時代でね。辛いこともたくさんあったよ。そのたびにあの龍のことを思い出した。黄金のような金色の角、薄い宝石みたいな白銀の鱗。地べたに這いつくばって生きる人間のことなんて見もせずに、空に昇っていった気高い姿。
あの龍にしてみたら、あたしの悩みや苦しみなんてあまりにちっぽけなものだろう――そう思えばなんだって耐えられたよ。……そのうちあたしは、あの龍のおかげで生きていけるんだと気づいた」
冷めてしまった茶に気づき、入れ直す老婆には続きをせがんだ。
「それからどうしたの? 龍をもう一度見ることはできた?」
「いいや。でもどうしても、あの龍をもう一度見たいという夢を捨てられなかった。だから金を溜めて、街で評判の彫師のところに行ったんだよ。あの龍をあたしの体に彫ってくれってね。
……でもできないと断られた。その龍はあたしの記憶の中にしかいないから、あたし以外の誰にも彫ることはできないってね。どうしてもあの龍をもう一度見たかったあたしは、そのままその人のところに弟子入りしたのさ」
身を乗り出しては尋ねた。
「龍は彫れた?」
「何十年もかかったよ。あの日のあの龍を彫れると自信を持てるようになるまではね。彫り始めると龍は嫌がってねぇ……あたしの体に縛り付けられるのを嫌ったんだろう。彫り終わってからも体中移動して、どうにかしてあたしから逃げ出そうとしていた」
「刺青が動くの?」
「そうだよ。仲良くなるまでずいぶんかかった。最終的に、あたしが死んだら体を燃やして煙と一緒に空に帰すと言ったら納得してくれた。今は大体背中にいるね。あたしの背後を守ってくれてるのさ」
マリーアの言葉がどこまで真実なのか、ローにはわからなかった。をからかっているようにも見えるし、からかうふりをして本当のことを言っているようにも思える。