第4章 白竜の彫師
階段を下りてくる老婆の声に、「です、こんにちは」とは再び頭を下げた。
とても小さな老婆だった。真っ白になった髪を後ろで束ねて、目には分厚いメガネ。口元には柔和な笑みが絶えず浮かんでいる。
「こんにちは。あたしはマリーア。マダムから聞いているかもしれないが、しがない彫師だよ」
「そんなことないよー。おばあちゃんは伝説の彫師なんだから」
茶を用意する全身刺青娘が、キッチンから小さな声で口を挟む。
「昔の話さ。彫った龍が飛び出てどこぞに行っちまうってんで、容易に見せられないなんて言われたのはね。それで、ええと――」
マリーアはローに視線を向けた。
「俺はただの付き添いだ、頭数に入れなくていい。ここで火傷を隠せる刺青を入れられると聞いたんだが」
「マダムの紹介だから、そういうことだろうとは思ったよ。しかし実際にその火傷を見てみないと何とも言えないねぇ」
「ここで脱げばいい?」
服をたくし上げたを、ローは止めた。
「ちょっとは俺を気にしろ」
「キャプテンお医者さんでしょ」
「今は医者として来てるわけじゃねぇ。外に出てるから――」
「え、困るよ。刺青のことなんて私わからないよ。ここにいて」
腕にしがみつかれ、どうしたものかと悩んでいると、
「こっちでコーヒーでもいかが?」
刺青娘が助け舟を出してくれた。
「あっちにいるから」
「近く?」
「3メートル先」
なら、とが手を離したので、安心させるようにくしゃりと彼女の頭を撫でてローはダイニングスペースへ移動する。つい最近ちょっと目を離した隙にさらわれたので、ローもあまり遠くへ行くのは気がかりだった。
食事用のイスを、背もたれをに向けてローは座った。
「はい、どうぞ。砂糖とミルクは?」
「いや、いらない」
ローにコーヒーのカップを渡すと、話し相手になるつもりなのか、刺青娘は斜め前に座った。
「お前も彫師か?」
「うん、おばあちゃんの弟子。サギィって言うんだ、よろしく。……二人で来たからてっきり恋人同士かと思ったのに違うんだね」
「ただの付き添いだと言ったろ」