第3章 セイロウ島
「やめときな。あれは追いかけられると面倒がって逃げるタイプだよ」
「ええー! じゃあどうすればいいの?」
「慎ましく上品に待ってるんだね。気が向いたら食べてくれるだろうさ。今は腹いっぱいだろうが」
「ああー! あの時違うクジを選んでれば……っ」
欲しかった最後の商品が目の前で売り切れたみたいな反応で、娘たちは引き上げていった。
続けてまたマダムの部屋を客が訪れた。今度はきちんとノックをして。
「ジルかい。あんたは船長とは寝たんだろう」
「そのことでマダムのお知恵を拝借したくて」
黒髪ハスキーボイス、知的なお姉さん系娼婦のジルは礼儀正しくマダムに尋ねた。
「なんだい」
「……彼、キスをしてくれなかったの。それは惚れた相手とするべきだって」
「そりゃまた――」
こらえきれずに、マダムは声を上げて笑った。
「ずいぶんとロマンチストな海賊がいたもんだ」
「だから惚れさせたいのよ。マダムなら何かいい知恵をお持ちでしょう?」
「あの男を惚れさせるねぇ……」
煙管の煙をくゆらせ、マダムは考え込んだ。
「……難しい、と言わざるを得ないね。ああいう頭が切れて、なおかつ何か大きな目的のために動いてる男の心を動かすのは難儀だよ。無意識にしろ意識的にせよ、本人が弱点になる愛情を持たないようにしてるんだから」
「そこをなんとか」
両手を合わせるジルに、マダムは「拝んだって無理なものは無理だよ」と苦笑する。
「愛情を持つことと恋に落ちることはまた別物でしょう? 私は彼を焦らせて、乱れさせたいの」
「危険だね、ジル。あんたのそれは興味本位を超えてる。娼婦が客に本気になってどうするんだい」
「それは……別にそんなつもりじゃ――」
ばつが悪そうに視線をそらし、ジルは確かにちょっと冷静じゃなかったかもしれないという顔をした。
「やめときな、あの男を『落とす』のはもっと厄介だ。命がいくつあっても足りやしないよ。それとも海賊団に入って一緒に死線をくぐる気があるかい?」
「……それはちょっと」
手っ取り早くて手軽なアイディアを求めていたジルは、まさかの危険であまりに泥臭いプランに全力でお断りの意思を示した。
「……残念だわ。ということは、可能性があるのはだけ?」
「ねぇ……」