第10章 一以貫之【イツイカンシ】
その時、俺の耳にあの男の声が聞こえた気がした。
『あんた、だからだ。
あんたが明智光秀だから……頼む。 』
そうだ、俺はあの男に……捌號に誓った筈だ。
「奥方様、若君を確りと抱いていて下さい。
俺が貴女を抱えて外へ出ますから……」
俺の言葉を聞いたは抱いている若君を俺に手渡そうとする。
「この…こ……れて……にげ…て……」
『この子を連れて逃げて』
若君を俺に託し、自分は信長様を探す心算なのだろう。
だが、そんな訳にはいかない。
「先ずは貴女と若君の無事が最優先です。
さあ、俺に任せて……」
差し出した俺の両腕から身を捩って逃れたはぎりぎりと睨み付けて来た。
ああ……のこの目を見たのは二度目だな。
そんな事を思いながら、俺は唐突に大声を張り上げる。
「好い加減にしろっっ……っ!」
本気でを叱るのも二度目だ。
そう、あの時もは己の命を捨てようとしていた。
びくりと身体を強張らせて固まるに俺は滔々と語る。
「お前は信長様の血筋を絶やす気か?
だからといって若君だけが助かれば良い筈も無い。
まだ乳飲み子の若君に母親が居なくてどうするのだ?
誰よりも信長様に愛され、誰よりも信長様を知るお前が
若君を育て上げなくてどうする?
若君だけでは意味が無い!
と若君、二人共に生きなければ意味が無いのだっ!」
気が付けば煤に汚れたの両頬を幾筋も涙が伝っていた。
「此処を出るぞ……。」
穏やかにそう言った俺に向かって、は小さく、だが力強く頷いてから胸に抱く若君を確りと抱え直す。
「一気に駆け抜ける。
若君を頼むぞ。」
そして俺はを横抱きにし、来た道を駆け戻った。
肌や髪をじりじりと炎に燻されながらも、と若君を大切に抱え命辛々炎の中から抜け出した途端………
今まで何とか形を保っていた本堂が、がらがらと呆気無く崩れ落ちたのだった。