第10章 一以貫之【イツイカンシ】
今、唯一人で茫然と立ち尽くす俺の目前では、本能寺の本堂が轟々と不気味な音を発てて燃え盛っている。
一体……これは……何が起こったというのだ?
本堂までの路筋には、織田の兵共が 死屍累々と転がっていた。
何者かに襲撃されたのは言う迄もない。
そんな事は分かり過ぎる程に分かっているのだ。
だが、一体誰が?
……武田か?……上杉か?
いや、そんな情報は俺の手元には一欠片も入ってはいない。
それにこれだけの惨状であるにも関わらず、敵の居た痕跡が何一つ残っていない事がどうしようも無く薄気味が悪い。
燃え盛る炎の灼熱を全身に浴びているにも関わらず、俺は手足の先から凍る様に冷えていく感覚を覚え震えていた。
その時……微かに聞こえた赤児の泣き声に俺は我に返り、躊躇う事無く燃え盛る本堂の中に飛び込んだ。
「信長様っっーー!
奥方様っ!!」
声を限りに叫びながら只管に進む。
不思議と熱いとは思わなかった。
立ち込める黒煙と鼻を突く異臭。
その中を突き進む俺の視線が漸く蹲る人影を捉えた。
「奥方様っっ!!」
それは己の身を呈して若君を庇う様に抱いただった。
駆け寄る俺に気付いたは僅かに表情を和らげる。
「信長様は!?」
の無事に安堵しつつも真っ先にそう問う俺に、は眉を顰めて首を横に振った。
「……分からないのですか?」
大きく頷く。
「信長様の姿を見ていない…と?」
がもう一度頷く。
「………っ!」
息を飲み唇を噛み締めた俺は一瞬の間に思考を巡らせる。
このまま信長様の捜索を続けては、と若君の身体が持たないであろう。
だが、一度二人を外に連れ出してから再びこの本堂の中に戻るのは無謀だ。
だけでは此処から避難するのも不可能に近い。
どうする?
迷っている時間など無いぞ。
さあ………どうするのだ?