第7章 一寸丹心【イッスン-ノ-タンシン】
「だから俺はちゃんと備えておいてやりてえ。
その備えを……
あんたに頼めるか?」
やはりこの男は気付いているのだ。
俺がに抱いている感情に。
「お前が備えになれば良いではないか?
信長様に何かあれば、お前がを連れ戻せば良い。」
男からの真摯な懇願に意地悪く抗ってみれば
「馬鹿言うなよ。
俺は『家畜』だぜ。
もうあんな世界に此奴を置いて堪るか。」
自虐的な言葉を吐き出し、くしゃくしゃと笑う。
そして……
「あんた、だからだ。
あんたが明智光秀だから……頼む。」
『あんたならば織田に何があろうと、その狡猾さで生き延びるだろう。』
そう言われている気がした。
そしてそれは、俺に取って何よりの褒め言葉だ。
「分かった。
この先、何があっても絶対にを死なせはしない。」
俺が静かに、そして確かにそう告げると男は酷く満足そうな笑みを浮かべ、その視線は再びへと向けられた。
「ははっ……幸福そうな顔して寝てやがる。
十参號………良かったなぁ。」
男は自然な流れでの事を『十参號』と呼んだ。
恐らくそう呼んで仕舞った事を己でも気付いていないのだろう。
そのまま無言での寝顔を見つめ続け暫くの後、掠れた声を絞り出す。
「なあ……
………触れても良いかな?」
俺が許可を出す事でも無い。
そうは思ったが、今のこの男の望みをどうして拒めようか。
「ああ、構わない。」
俺の答えを待ってから、男の指が恐る恐るといった様子での頬を擦った。
「………柔らかいな。」
そう呟いた男の目は微かに潤んでいる。
なあ……『家畜』は涙など流さぬと知っているか?
その時、の両目がぱちりと開いた。