第7章 一寸丹心【イッスン-ノ-タンシン】
は大きな目をぱちぱちと数度瞬かせてから、隣に屈んで自分を見つめる男の顔をじっと見上げる。
当然男の手は既にから離れてはいたが、動揺しているのか動けないでいる様だ。
男はじりじりと後退りと距離を取った。
己の姿をには見せたくなかったのであろう。
己の姿を見せる事で、に過去の記憶を……
延いては陵辱の限りを尽くされた記憶が蘇って仕舞う事を恐れているのだと分かる。
俺自身も如何するのが最良かと考えを巡らせ、三者三様、じっとりとした空気の中……
突然は褥を飛び出して此方に駆け寄り、そして俺の胸に獅噛み付いてそこに顔を埋めた。
その様を目にした男の顔が一瞬だけ悲愴に歪んだが、直ぐに安堵へと表情を変える。
「……大丈夫だ。
この男は敵では無い。」
の耳元に唇を寄せ、背中を擦りながらそう囁いてやると、はおずおずと顔だけを男に向かって振り向かせた。
そしてと視線を絡ませた男は突飛な行動に出る。
一度深々と頭を下げてから
「驚かせて仕舞い申し訳ございません。
『』様。」
そう言って破顔した。
「私は光秀様子飼いの間諜でございます。
信長様が安土にお戻りになる報をお届けに参った次第。」
途端にの表情が耀き出し、俺の顔を見上げて花が咲き誇る様な笑顔で身体を弾ませ……
「良かったな……。」
俺はそんな愛らしいの頭を優しく何度も撫でてやる。
俺達二人の姿に目を細めていた男は一つ小さく息を吐くと
「では、光秀様。
私は是にて失礼致します。」
また頭を下げる。
「ああ…御苦労であった。」
これ程に御見事な芝居を見せられれば、俺もそれに乗るしかないだろう。
男はもう一度だけに柔らかい視線を向けて……
後は一切振り向く事無く、天主の張り出しを乗り越え屋根伝いにその姿を消した。