第5章 千慮一失【センリョイッシツ】
「例のあの小国が挙兵した。」
緊急に召集された軍議の中で秀吉が切り出す。
を拘禁して陵辱の限りを尽くしたあの小国が?
俺が大名共を撫斬にしてやったというのに、まだそんな力が残っていたのか。
俺は皆に気付かれぬ様、小さく舌打ちをする。
「どうやら殲滅覚悟で昔から因縁の在る武田へ突っ込む気らしい。」
「へえ……あの赤備えへ喧嘩を売るとは気骨があるじゃねえか。
悪くねえ。」
秀吉の言葉に、政宗はにやりと笑ってその蒼い瞳をぎらぎらと輝かす。
「そんなの……好きにやらせておけば良いんじゃないですか?
その国が殲滅されたって安土には何も関係無い。
しかも僅かでも其奴らが武田に打撃を与えてくれれば
願ったり叶ったりな訳ですし……」
家康は無関心な様子を隠しもしなかった。
「それがそんな高みの見物では済まないんだ。
彼奴ら……
織田の名を騙っていやがる。」
苦々しく表情を歪めた秀吉に向かって、全員が息を飲んだ。
「それは……どういった策略なのでしょうか?
あの情報戦に長けた信玄が、
そんな稚拙な誤魔化しに引っ掛かるとは思えません。」
三成の言う事は尤もだ。
だから俺は己の中に思い付いた可能性を口にする。
「本気で武田を討ちたい訳では無いのだろう。
当然あっさりと赤備えに殲滅されて終いだ。
只、織田軍が簡単に武田に蹴散らされた……となればどうなる?
破竹の勢いで天下統一に向けて邁進しているあの『織田信長』が
甲斐の虎の足元にまるで及ばないと流布される事になるぞ。
さあ……そうなったらお前達はどうする?」
俺が全員の顔を見渡し、不敵に口角を上げると
「己で……天下を取ってやろうと……」
三成が茫然自失で呟いた。