第2章 法界悋気【ホッカイリンキ】
そのまま直ぐに空いている部屋へ入り、ぴしゃりと襖を閉める。
そしてその襖に背を預け、大きく息を吐いた。
たった今、目にした出来事をまるで己が経験したかの様に身体中が反応している。
全身にはじっとりと汗が滲み、鼓動は速く苦しい程だ。
そして勿論、一物も…。
初めて聞いたの声。
到底愛らしいとは言えぬ嗄れた声であったが、あの酷く焼かれた喉から紡ぎ出しているのだと思えば可憐しくて堪らない。
あの声で嬌声を上げ、あの声で信長様の名を呼んでいた。
何度も……信長様の名を。
俺の腹の底から沸々と醜い感情が沸き上がる。
もう綺麗事や誤魔化しなど言うまい。
そう、この醜悪な感情は歴とした『悋気』だ。
俺の名も呼んで欲しい……只管にそう願った。
幼子が母親に甘える様な稚拙な願いだが、その為なら俺は何を捨てても構わないとすら思う。
唯一言で良い。
俺の名を呼んでくれ、。
唯一言……『光秀』と。