第2章 痛がりな僕らと声なき恋(天童覚)
「どうしてって、そんなの、言わなくても分かってる癖に」
刹那、テーブルの下で冷たくなっていた足先に熱を感じた。
「っ!」
驚いて逃げようとするが、しかし彼のそれに両足を絡めとられる。「逃げんなって」背筋がゾクと震える低音。甘美な熱が、ふくらはぎを這いあがってくる。
視線は捕らわれたまま。
彼から目が離せない、逸らせない。
「俺が今、何考えてるか分かる?」
掠れた声でそう囁かれて、私は──
ピーーンポーーン
「こんちはー! 宅配便でーす!」
ふつと糸が切れた。
張りつめていたものを失って、どっと息が漏れる。安堵とほんの少しの口惜しさを孕んだ溜息。「んぎゅう!タイミング!」彼は大袈裟に仰け反ってみせていた。
ああ、いつもの覚だ。
わざとらしくおどけている、普段の、外面のほうの彼。そういえば私、彼を。
本当の覚を、なにも知らない。
「ハンコ押したげたんだからさっさと帰んなよおっさん! え、着払い?しかも北海道産のまりも? んまあ朱花ちゃんてばまた変なもん買ったのネ!」
玄関先に飛んでいった彼がなぜかハンコの所在を知っていて、ご近所中に聞こえる大声で私のお買いもの事情を叫んでも、もはや驚きはしなかった。こんなの慣れっこである。
でも、さっきのは──
いまだ早鐘のような心臓。
火照りきった頰はしばらく冷えそうにないし、さて、どうしたものか。
浮かされた脳で必死に考える。
果たして、私にはできるのだろうか。
友人でも、恋人でもない。奇妙な出会いからはじまった奇妙な関係。ただそれだけの、だけど掛けがえのない、世界でたったひとつの結びつき。
この絆を壊して前に進むなんて、そんなこと。
「…………怖いよ」
無意識に、本当の自分が呟いた。